トパーズの憂鬱 (中) 8
今度は美砂子が今年最後の仕事をしている場面だった。
美砂子は会社を辞めていない。澤地からのパワハラは止んでいないのか。
美砂子が事務作業をしている。澤地は相変わらず、美砂子を睨む。
美砂子はそれを気にも留めずにひたすら仕事をしている。
私は心の中で、美砂子を応援したくなった。
頑張れ美砂子と心の中で願う。
仕事を終え、社員証で会社を出ていく美砂子。澤地は感じ悪いが、それ以外の問題はない。
会社を出た直後、和義が居た。
「美砂子さん?」
「え?どうしてここにいるの?」
美砂子は和義の登場に驚いている。和義は少しだけ照れていた。
「あの、ここに知り合いが勤めていて」
「ああ。そうなんですね」
美砂子は愛想良く言った。美砂子の仕草に、和義は緊張しているようだ。
和義は美砂子が好きになったかもしれない。
「知り合いって?」
美砂子が和義に質問した。
「
「え?城内さん?」
美砂子は驚いた。和義が弁解する。
「あの、実は親が離婚して姉さんは父さんのとこに、俺は母さんの」
「ああ。姉弟ね。びっくりした」
「何かすいません。姉がお世話になっています」
美砂子は心なしか、城内が和義の恋人じゃないことに安心しているようにも見えた。
二人は両思いかもしれない。何だか私は嬉しくなった。
「年末に家族で食事行くことになって、その場所を伝えようと思って」
和義は頭を掻きながら言った。和義は美砂子を意識し過ぎている。
少しだけ、その様子はかわいく見えた。
「そうなんだ。城内さんならまだ仕事あるみたいですよ」
美砂子は会社の入り口を見る。和義はげんなりした。
「え?まだ終わりじゃないんですね。寒さの中、待たないといけないのか」
和義はため息をつく。
「私が伝えてきましょうか?」
美砂子は和義の顔を覗き込む。
「え?いいの?」
「別にこの後に用事ないですし。伝言を預かります」
美砂子は鞄からボールペンと、メモを取り出す。
美砂子は和義にそれらを渡した。和義はそれを受け取り、ボールペンで伝言を書く。その紙を美砂子に渡す。
「すいません。お願いします」
「はーい。じゃあ、渡してきますね」
美砂子は元気良く、会社に戻っていく。私はこの二人の雰囲気に癒された。
美砂子は紙を開けることなく、メモをポケットに入れる。
社員証で会社に入り、城内の席に向かっていく。
城内は真剣な顔でパソコンの入力をしている。
「城内さん!」
「どうしたの?帰ったんじゃなかった?」
城内は美砂子に気づくと、美砂子の顔を覗き込む。
「弟さんからメモ預かりました」
「和義から?」
「はい。和義さんから」
美砂子は微笑んだ。城内はメモを開く。
「食事会のことか。ありがとうね、梶原さん」
「いいえ」
城内は引き出しから何かを探っている。
「ちょっと待ってね」
「はい?」
「これ。知り合いから貰った映画のチケットなのだけど、中々、行けないからあげるよ」
城内は映画のチケットを取り出す。映画は【恋の骨折り損】だった。
確か、シェイクスピアの作品で監督は英国俳優でもあるケネス・ブラナーだ。
私は見たことがないが、ミュージカル映画だ。
「え?二枚もいいんですか?」
「あーいいよ。メモ持ってきてくれたからね」
城内は美砂子に笑いかけた。美砂子は嬉しそうにする。
「本当にありがとうございます!」
美砂子は頭を下げる。城内が言う。
「今年もありがとうございました!来年も宜しくね!」
城内は美砂子に握手を求め、手を出す。美砂子は握手に応じる。
「こちらこそ!」
「あ、梶原さん、うちの和義なんてどう?梶原さんより2歳上だけど、良い奴よ」
城内は美砂子に耳打ちする。美砂子は笑う。
「あの、実はひょんなことから知り合いになりまして」
「え?そうなの!これはびっくり。じゃあ、和義と一緒に?どう?映画!強制しないけどね」
城内は楽しそうにした。
美砂子は少しだけ恥ずかしそうにしていた。
「まあ、冗談はそれくらいにして!良いお年を!」
城内が言った。
美砂子は軽く会釈し、「ありがとうございます!また来年」と返した。
美砂子は社員証を通して、会社を出る。玄関を出ると、寒そうにしている和義がいた。
美砂子に気づくと嬉しそうにする。美砂子は思わず、笑顔になった。
二人の空気感が良く、私は気持ちが暖かくなる。
「無事にお届けしました」
美砂子が言った。和義は美砂子に感謝する。
「本当、ありがとう!助かったよ!」
「いえいえ!」
和義は美砂子を見る。美砂子はその視線に気づく。
「あの。この後って暇?」
「え?」
和義の質問に、美砂子は動揺している。和義はもじもじとした。美砂子が言う。
「あの、さっき城内さんから【恋の骨折り損】の映画のチケット貰ったんだけど」
「え?何?それ」
和義はきょとんとした。
「良かったら、どう?」
美砂子は少しだけ、緊張しながら言った。和義は美砂子からの思わぬ誘いに、目を見開く。
「えっと。その」
「あ、もしかして、ミュージカルとか苦手?」
美砂子は和義の顔を見る。和義の顔は赤くないものの、耳が真っ赤だ。
「いや、全然!行こう!」
和義の返事は力んでいた。私は頑張れ、和義と思った。
このまま、順調に進んでほしい。そう願わずには居られなかった。
私の願いとは裏腹に、思い出は再び、切り替わった。
トパーズの憂鬱(中) 8 了
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます