タンザナイトの夕暮れ時(下) 4(27)

私は倉知くらちりょうの死の真相しんそうを知りたいと思った。

けれど、私にその能力が残っているかも妖しい。今の私には物に触れても思い出がほとんど見えなくなっている。

「ねぇ。それって倉知さんの何を見て真相を知ってほしいの?」

「それは倉知亮がしていた腕時計だ」

「時計」

「ああ。何か兄から高校入学祝いだったらしい」

倉知にとって、兄の武田たけだ(*ルビーの血*参照)の存在は大きかったのだろう。私は苦々しい感覚が口の中に湧いた。

「ねぇ。それって今持っている?」

「時計か。ああ。ある。でも、止めたほうがいいと思う。だって、リカコはもう思い出を見ないんだろう?もし、何かまた見て調子悪くなったら俺」

「大丈夫。この能力は人のために使うべきだと思うんだよ。もう完全に見えなくなったとしても」

「そうか」

森本は考え込んでいる。私を心配しているからこそ、思い出を見ることを止めるべきだとも思っているのだろう。

私は確実に何かの記憶を他にも失くしているかもしれない。

藤川ふじかわりょうのタンザナイトのネックレスを見た後の自身の状況を考えれば、それは明白だ。

「解った。リカコの気持ちは解った。お前は引かないのだろう」

「うん。ごめんね。やっぱ、この力を最後まで人のために使いたい」

「リカコらしい。じゃあ。ちょっと待っていてくれ」

森本は自身のカバンを取り出す。そのカバンは年季の入ったもので、使い古されたもののように見えた。

思い出が沢山詰まっているのだろう。

森本は手袋をはめると、そのカバンからビニール袋に入った状態の腕時計を取り出した。

森本はそれを私の前に差し出す。私はそれを見つめた。

森本が白い手袋を貸してくれたので私はそれをはめ、ビニール袋から腕時計を取り出す。

「見えるか?」

「……微かに何か見えるんだ。でも、本当にかすかで」

「そうか。今日は止めておくか?」

「うんうん。やるよ」

「そうか。解った。俺、いないほうがいいか?」

森本は私が集中できないと思ったらしい。

確かに第三者がいると集中しにくい。私は森本の言葉に甘えることにした。

「うん。少しの間だけ、一人にしてくれると有り難い」

「解った。俺はコンビニ行ってくる。何か買ってきてほしいものあるか?」

「特にないよ。あ、終わったら電話するね」

「ああ、でも、心配だから三十分ごとに電話かける。大丈夫だったらワン切りしてくれ」

「解った」

森本はコンビニへ行った。私は目を瞑り、ゆっくりと深呼吸をした。

静かな部屋の中、時計の秒針の音だけが響く。私は腕時計に触る。

「見えろ」と心の中で呟くも、見えることはなかった。

目を瞑った先の何も見えない状態が続く。私は腕時計から手を離した。

もう思い出は見えないのだろうか。何度も試すが、何も見えなかった。三十分が過ぎたのか、森本から電話が掛かってくる。

「ヒカル?」

【リカコ。思い出は見えたか?】

「見えないよ。でも、もう少しだけやってみる」

【無理するなよ。また三十分後に電話かける】

「ありがとう」

私は再び、腕時計に触る。けれども触れても思い出は見えない。

念を込めてみても見えることはなく、この能力の限界が来ているのを実感した。

実感するとかなりショッキングに思えた。私はもう、なくなってしまったのだろう。

不意に涙が溢れてくる。涙が腕時計につかないように手の甲で拭う。

倉知の死の真相を知ることは私にできないのだろうか。

涙を止めると、私は再び腕時計に触る。

目を閉じて触ると、いつものようにスクリーンに映し出されるように思い出が見えてきた。


タンザナイトの夕暮れ時(下) 4(27) 了


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