タンザナイトの夕暮れ時(下) 3(26)

目を見開くと自宅の天井とは違うものが目に入ってくる。

真っ白い天井はどこまでも白く、見慣れない。どこかに運ばれたのだろうか。

「え?」

「俺が着たとき、お前が倒れていたから。俺の家だよ」

「え?あ。お店」

私が起き上がろうとすると、森本が制した。私は森本の顔を見る。

「支店の春木はるきさんに頼んだから大丈夫」

「そう。ごめんね。ありがとう」

「いいって。リカコ。無理しすぎてないか?」

「この前、記憶を失っていただろう?」

「うん。失っていたよ。多分、これからも記憶は……失うのかもしれない」

森本は私の言葉を静かに聞いた。その様子は私を心配していた。森本は口をつぐむ。

「ごめんね。心配かけて」

「いや。俺もお前に頼りすぎているからな。俺、今日もお前に依頼しようとしていた」

「そう。ごめんね。私。もう思い出を見ることはできない」

私は下を向いて言った。森本の顔を見れない。

失望しているのだろうか、それとも残念がっているのだろうか。私がゆっくりと森本の顔を見る。

「そうか。あ、いや、逆に良かったって思ってる」

「え?」

「お前がもう思い出に振り回されることはないってことだよな?」

私は森本の意外な反応に少しだけ戸惑った。

森本は思い出が見えない私を拒絶しないのか。涙がすっと頬を伝った。

「泣くなよ」

「ヒカルにとって、思い出の見えない私は必要ないと思っていたから」

「俺はそれでリカコを好きになったわけじゃない」

森本は私を抱きしめた。その力は強くて暖かかった。森本の心音が聞こえて、私は落ち着いてくる。私は森本を抱き返した。


「ありがとう」


森本は私をその日、甲斐かい甲斐がいしく介護をした。

ご飯の支度からお風呂まで用意してくれた。

森本は私が【物に触れると思い出が見える】能力がなくなったことに深く追求しなかった。私自身が話すのを待っていたようにも見えた。森本の優しさが心地よかった。

私と森本は夕食とお風呂を終えた後、ベッドに寝ることになった。

私がベッドで森本はその横に布団を引いて寝ることにした。

私は中々、寝付けず、目を覚ます。それに森本が気付く。

「どうした?」

「……眠れなくて」

「眠れないのか」

「うん。色々考えてしまって」

私は目に涙が出そうになる。森本は私を抱き締めた。少しだけ落ち着いてくる。

「……ありがとう」

「水、飲むか?」

「うん。ありがとう」

森本は水を取りに台所に消えていった。私は静寂の中、ぼんやりと天井を見た。

森本はペットボトルの水を持ってきた。

「はい。これ」

「ありがとう」

私は蓋を開けてそれを飲む。乾いたのどが潤ってくる。私はペットボトルから口を離す。

「ねぇ。見てほしかった思い出ってなに?」

「お前に依頼しようとしていたのは、倉知くらちりょうの自殺の件だ」

「倉知さんのか」

「ああ。リカコと俺であいつの兄貴を逮捕した。倉知の両親と、両親の支援者たちが今回の自殺を再調査してくれって署名を集めてな」

私自身も倉知の自殺に納得がいっていない。最後に見た倉知は自殺するように思えなかったからだ。

私は倉知の自殺の真相を知りたいと思った。



タンザナイトの夕暮れ時(下) 3(26) 了




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