琥珀の慟哭(下) 12 (42)


 思い出は切り替った。私は華子が楠田の元に行き、和解してることを切に願った。

 華子は運転手と供に、藤山鉄工所に向かっている場面だった。運転手が華子に話しかける。


「藤山鉄工所に行くのは久しぶりですね。南田君のこと、聞きましたよ」

「ええ。私は誤解していた。南田君は悪くなかった」

「性的被害を自分から言うのってすごく勇気のいることですよね」


 運転手は運転しながら、鏡越しに華子の表情をちらりと見た。

 華子は自分の情けなさに少し落ち込んでいるようだった。

 気付いてあげられなかったことを悔いているように見えた。華子は額の汗をハンカチで拭く。


「正直、僕は南田君を誤解していましたよ。ほら、元少年犯罪者だし。少年法って意味あるのかって思っていましたから」

「……そうね。私が南田君を見て思ったのは、両親からの愛情を十分に受けられなかったからじゃないかって。犯罪を犯す子どもたちが全てにそれに値しないかもしれない。だけどね。それで救えるものがあるのなら、私はそうしたい」


 運転手は華子の言葉に涙を流す。


「華子さん。なんか、華子さん、本当すごいです」

「何もすごくないわ。私は祐をちゃんと育てられなかったのだから」


 華子はゆうとの出来事を思い出していた。華子と祐の間には、修繕できないほどの溝がある。華子はそれに気付いてしまった。


「そうですか。家族のこと、僕にはわかりません。ただ、いつか祐さんが解ってくれると……いいですね」

「ありがとう」


 祐が私の家に来たときに感じた威圧感からすると、華子自身に問題があるように思えない。

 祐自身の人間性に問題があるように思えた。


 車は藤山鉄工所に着く。華子は運転手に礼を言って、藤山鉄工所に向かう。

 事務室に向かうと、藤山社長が華子を出迎えた。


「お久しぶりです。華子さん」

「ええ。お久しぶり、藤山さん。南田君のことで」

「南田君ね。華子さん、南田君のために色々してくれましたね。ありがとうございます」


 藤山は華子に頭を下げる。華子は慌てて、それを止めた。


「頭を上げてください。私も好きでやっていることだったので」

「ボランティアの三沢さんがあんなことになっているとは、僕も知らなかったです。だから、南田君は三沢さんを。南田君は本当に不器用です」


 藤山は楠田を思い出しているようだった。何となくだが、楠田がこの藤山鉄工所にいない気がした。藤山の表情は決して明るくない。


「そうですね。今日は南田君に会いに来ました。私は何も知らずに南田君を責めてしまって」

「そうですか。すいません。華子さん。実は南田君は藤山鉄工所を辞めました」

「どういうこと?」

「三沢さんの件が遭った三日後くらいですか。社員寮がもぬけの殻になっていて、辞表が置いてあったんです。「今までありがとうございました」ってそれだけ書かれていて。僕は彼の保護観察官なので、困りました。幸い、昨日連絡があって。住所を教えてくれました」


 華子は楠田の所在地が解っていることに安心した。藤山は本当に楠田のことを思っているように見えた。


「そうですか。所在は解っているんですね。教えてもらえますか?」

「それが……華子さんには教えないでくれって」

「………そうですか」


 華子は意気消沈していた。藤山は華子にどんな言葉を掛ければいいのか解らず、困惑する。藤山は一息ついて、言う。


「あの。僕は二人の間に何があったか知らないですが、少なくとも南田君は華子さんと出会えてよかったように見えましたよ。なんか表情とかも柔らかくなっていたように思います」

「そうですか。私はあの時、南田君を理解してあげられなかったのを悔いています。本当に」


 藤山は楠田との約束を守り、連絡先を教えないようにするか、華子の為に教えるか迷っているように見えた。

 藤山は楠田を少年時代から見てきたからこそ、思うことがあるように見えた。


「なんかすいません。藤山さん。私は帰ります。南田君に伝えておいてください。『あの時は解ってあげられなくてごめんね』って。まあ、できれば会いたいのだけれど」

「解りました。絶対に伝えておきます!」

「頼もしい!」


華子は藤山と会話を終えると、車に乗り込んだ。


琥珀の慟哭(下)12 了



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