琥珀の慟哭(下) 13 (43)
楠田は一体、何処に消えたのだろう。
楠田の行く先があるように思えないし、嫌な予感がした。
何か変な事件に巻き込まれてしまっていないか、そんな気がした。
思い出は再び、切り替った。
華子が車の中で、誰かと電話をしている。
「藤山さん。お久しぶりです」
どうやら、藤山利典と話をしているようだった。
藤山は何を言っているのだろうか。
華子の表情が急に真剣になる。
「え?南田君が?」
やはり、楠田に何かあったのだろうか。
私の嫌な予感が的中しないことを切に願った。
「そう。解りました。あとで、行ってみます」
華子は藤山との電話を終えて、スマートフォンをカバンに仕舞う。
運転手が華子に話しかける。
「南田君、どうかしましたか?」
「藤山さんから南田君の居場所を教えてもらいました」
「そうなんですね。良かったじゃないですか!」
運転手は嬉しそうに言った。けれど、華子の表情は固い。
バックミラーから華子の顔を見た運転手が言う。
「どうしたんです?」
「……行ってもいいのかな?」
「藤山さんは南田君に許可を得て、教えてくれたんですよね?」
「……そうだけど。南田君は私に会いたいかな?」
華子は自分に会いたくないかもしれないという心配をしている。
確かに、楠田は華子に場所を知られたくなかった様子だった。
けれど、華子に居場所を伝えることを許可した。
少なくとも、華子を拒絶はしていないようにも思える。
「華子さん。なんなら、遠くから様子を見るって方法もありますよ?場所、教えてください。向かいますよ?」
「……そうね。そうしようかな。じゃあ、F区の三丁目54番地の【
私は楠田が半グレやヤクザの下にいるのではなく、普通に働いていることに安心した。
居酒屋ならば、大変だけれど、犯罪とは無関係だ。
閣楼は全国展開をしている居酒屋チェーン。
市内にも何店舗かある。
私は行ったことがないが、若者がよく来る店だ。運転手は華子がた伝えてきた住所に向かって車を走らす。
「閣楼ですね。知っています。リーズナブルな居酒屋ですよね?」
「そうなの?全然知らなかったよ」
「うちの娘も友達とそこに飲みにいきましたよ」
「へぇ」
「どうします?変装して中に入りますか?」
「そうね。そうするわ」
華子は自身のカバンの中から帽子とサングラスを取りだして、それらを身に着けた。運転手はその様子を見る。
「僕、思うんですよ。南田君は大丈夫だと思います」
「そうね。半分心配はあるの。でも、どことなく大丈夫な気がする」
華子は穏やかな表情だった。車は閣楼に着く。楠田の働いている閣楼はビルの一室にあるようだ。10階立てのビルの7階が閣楼らしい。
「着きました。近くに駐車場がないようなので、お帰りの際はお電話ください華子さん」
「解りました。じゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい。華子さん」
華子は運転手に見送られて、車を降りた。
ビルの中に入り、エレベーターに乗り七階に向かう。
時刻は夜の20時だった。居酒屋の時間的にも稼ぎ時で、お客さんが沢山いた。
7階に着くと、すぐに閣楼だった。
店員が華子に気付き、「いらっしゃませ、お一人さまですか?」と言ってきた。
華子は「一人です」と言い、店員に着いていく。
案内したのは、楠田ではなく、
楠田はホールじゃなく、厨房で働いているのだろうか。
華子は店の中を見る。華子は楠田が見当たらず、少し残念そうにする。
店はお客さんも、店員も若者ばかりだった。
「お飲み物だけ、先にお伺いします」
店員が華子に言った。
「えっと、ウーロン茶で」
「かしこまりました。メニューが決まりましたら、そちらにあるボタンを押してください」
「はい」
店員が居なくなると、華子はメニューを開いた。
どれも値段がリーズナブルでおいしそうに見えた。
華子はぼんやりとそれらを見る。楠田はやはり厨房にいるのだろうか。
「南田君。ちょっと」
女性の店員が言った。華子はその声の方向を見る。
楠田の姿を探す。しばらくすると、楠田が現れる。
楠田は少しだけ髪の毛が伸びており、後姿だけだがやせたように見えた。
華子は楠田の顔を見ようと思ったが、背中だけしか見えなかった。
女性店員と楠田が話をしており、その会話は聞こえない。
女性店員の表情だけが見え、楠田は後姿だけが見える。
女性店員の表情は曇っている。
華子は少し心配している。私の嫌な予感が的中していくような気がしてきた。
楠田は女性店員と話を終えると、奥の厨房に消えて行った。
華子の視線に気付いた女性店員が華子の下にやってくる。
「ご注文ですか?」
女性店員は華子が注文したいものだと思ったらしい。
華子は誤魔化すように注文する。
「あ。はい。あの、これ。パリパリサラダ一つと、焼き鳥三種盛りを」
「はい。パリパリサラダ、焼き鳥三種ですね。かしこまりました」
女性店員はてきぱきと注文をメモに書き込んだ。女性店員の名札には『白石』と書かれていた。
白石という名前らしい。
「あのー」
「なんですか?」
「今お話されていた方って南田さんって言うんですか?」
「南田?がどうかされました?」
白石は質問されると思わず、少し驚く。
「私、南田さんの知り合いでして。ずっと彼を探していたんです。で、元気そうにやっていて安心しました」
なんとなくだが、白石は楠田を嫌っているように思えた。白石の表情は変だった。
「へぇ。そうなんですね。お呼びしましょうか?」
「あ。いえ。いいんです。ただ、何を話されていたのかなと思いまして」
「お話ですか。それはちょっと教えられないです」
「そうですか。無理言ってすいません。あ。あと、私がここに着たことは南田君には秘密にしておいてください」
「かしこまりましたお客様。不躾ですが、南田君とはご縁を切ったほうがいいですよ」
華子は白石の言葉にイラついたようで、表情を曇らせる。
白石は楠田を完全に嫌っているのだろう。
「助言ありがとうございます。あの、失礼ですけど、お客さんの前で、同じ同僚の悪口を言うのはどうかと思います」
華子は白石に釘を刺すように言った。白石はむすっとした表情で、華子の下を離れた。
華子はすっきりした表情だった。
私は華子の逞しさに感心した。華子は伊達に美貴子にいじめられていただけでないのだろう。
華子はウーロン茶を飲み、スマートフォンを見る。
特に連絡がないのが確認できると、スマートフォンを仕舞う。
しばらくすると、華子のテーブルに注文した料理を店員が持ってくる。
「お待たせしました」
運んできたのは、華子を案内した店員の美浜という店員だった。
「ありがとう」
「ご注文は以上でお揃いですか?」
「はい」
パリパリサラダと、焼き鳥三種盛りが置かれた。
華子はそれを食べ始める。華子はそれが美味しかったのか、嬉しそうにした。
楠田はどうなったのだろうか。楠田が厨房から出てくる。
その表情は決して明るくない。何かがあったのかもしれない。
華子は楠田がやってくるのがわかると、咄嗟に顔を反らした。
幸い、楠田はそれに気付いていない。
どうやら、厨房の奥に事務室があるらしく、そこに行っていたらしい。
楠田はホールを担当しているようだ。
琥珀の慟哭(下)13 了
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