琥珀の慟哭(下) 14 (44)


楠田に話しかける店員が居た。男性の店員だ。


「南田さん。お疲れ様」

「いや。特に何も」


  楠田は男性店員に素っ気無く返答した。男性は楠田を心配しているように見えた。

  私はその男性店員がどこかで見たことある気がした。


「なんか、あまり気にしないほうがいい」

「気遣いありがとうございます。もういいんで」


 楠田は男性店員から離れる。その男性店員は少し悲しい表情を浮かべる。

 楠田は人からの厚意に慣れていないようだ。

 それもそうだろう。自分を必要としてくれる、自分を心配してくれる人がいない環境に過ごしてきたからだ。


 華子は楠田の様子を見る。華子は楠田の表情を気にしていた。

 明からに暗い。やはり、楠田はあの厨房に行ったときに何かあったのだろう。


 楠田は就業時間が終わったらしく、他の店員に向かって言う。


「お先に失礼します」

 

 楠田は帰るために、バックヤードに向かう。楠田の姿がバックヤードに消えると、他の店員たち三人が何かを話し始める。


「なぁ。南田って少年犯罪者って本当?」


 短髪の男性店員が言った。名札には『三山みやま』と書かれていた。


「あ。そうらしいな。あれだろう。昔あった、母子殺傷事件の」


 長髪の『香山かやま』という名札を付けた男性店員が面白そうに言った。

 三人はひそひそ話しているものの、その声は華子の耳に届いていた。

 華子は苦い表情を浮かべる。


 犯罪を帳消しには永久的にできない。

 犯した罪はずっと背負っていかなければいない。

 それが殺人を犯した元犯罪者に課せられた宿命だ。

 三山がにたにたした表情で言う。


「で、今回の窃盗だろう?南田は否定しているけど、俺は彼がやったと思っている」

「店長も疑っているしなぁ」


 香山は鼻で笑う。

 華子は楠田に過去が見える能力があることを知っている。

 華子は何故、楠田が自身の能力を使わずに犯人を追及しないのだろうと思った。


「そう思うだろう。南海みなみ


 私は南海という言葉に驚いた。南海みなみ啓一けいいちのことだろうか。

 私は南海と呼ばれた人物の顔を見た。

 確かに川本宝飾店に着た私に好意を寄せている南海に似ている。


 顔が非常に若い。年齢的に考えると、南海がここでバイトしているのは有り得ない。

 確実ではないが、恐らく、南海の弟かもしれない。南海の表情は動揺している。


「え?あ。いや。その」

「なんだ?啓介けいすけ。お前。お前さっき、南田を心配していただろう?」


 香山が啓介の肩に手を置く。

 南海啓介という名前らしい。苗字も顔も似ている。南海の弟で間違いないだろう。

 先ほど、楠田に声を掛けていたのは南海の弟だったらしい。

 啓介は心の優しい人のようだ。


「だって仲間じゃないか。一緒に働いている」

「でも俺らバイトだし、南田は社員じゃん?」


 三山は啓介を睨む。啓介はそれに屈することはなかった。


「そもそも俺は南田が嫌いだ」


 香山は露骨に嫌う様は心の底から思っているように見えた。

 楠田の嫌われ具合が少し気の毒に思えた。

 楠田自身も誰にも心を開かない。その空気も原因しているようにも思える。


「だから、あいつが犯人に決まっている」


 香山は断言した。香山は続けて言う。


「俺、店長に聞いてみるわ」

「止めなよ。違ったらどうするんだ?」


 啓介が二人に聞く。二人とも、当然だろうという表情を浮かべている。

 私は気分が悪くなった。華子もその様子を怪訝そうに見ている。

 幸い、他の客は食事に夢中になっているのか、気付いていない。


「疑うもなにも。一番怪しいのはさ、南田だろう?」


 香山は絶対的に窃盗をしたのが楠田だと疑わない。

 華子は不愉快に思いながら彼らを見ている。


「ああ。俺もそう思う。だって元少年犯罪者だし、職を転々としているとかさ。怪しいにも程がある」


 三山は香山にかなり賛同する。

 啓介は二人の発言に不愉快な表情を浮かべた。

 そこに店長らしき男性がやってくる。


「おい。無駄な話はするな。ちゃんと仕事しろ」

「はーい。店長。俺。聞きたいことあるんですけど、窃盗って誰がやったんですか?」


 香山は店長に質問した。店長の名札には『磯田いそだ』と書かれていた。

 質問された店長の磯田は顔をしかめた。その表情は微妙な表情だった。

 磯田は少しだけ沈黙する。磯田は再び、口を開く。


「それはな。まあ。まだ解らない。ただなぁ」


 磯田は嫌な顔をしていた。

 華子は彼らのやり取りを不愉快に思いながら、聞き耳を立てている。磯田は残酷な表情を浮かべる。


「ここだけの話だが。南田は否定したが、俺はあいつがやったと思っている。けど、正直、あいつがやっていなくとも俺はあいつが辞めてほしいからどんな手を使っても辞めさせるからな」


 磯田は意地悪表情で、三人に言った。三山と香山は笑う。


「やっぱそうっすよね。あいつマジで有り得ん」


 香山は特に愉快そうにした。

 華子は机を叩く。その音に気付いた磯田と三山たち、他の客たちが華子を見る。


 磯田が言う。


「お、お客さま。どうされました?」

「……ねぇ。ここの南田さんという店員さんは何か皆さんにやったんです?」

「え。あ。南田ですか。ちょっと問題のある人で」


 華子は怒りで顔がこわばっていた。華子は震えていた。


「あの、先ほどの会話聞いていました?」


 磯田は華子の顔を覗き込むように言った。華子は唇をかみ締める。


「聞いていましたよ。自分の個人的な感情で南田さんを辞めさせたいとか」

「あ、ははははは。冗談に決まっているじゃないですか。あ、あの貴女はもしや………」


 磯田はどうやら華子を知っているようで、少し驚いている。

 柿澤コーポレーションの元役員だということを知っているのかもしれない。


「私のことをご存知だとしたら、話は早いわ。この店の取締役さんにあなたのこと連絡しておくわ。そうそう。さっき知ったのだけど、閣楼の代取締役の北村さんだそうね。私、彼とは旧友なのよ。なんて言うかしらね」


 私は華子の影響力と、人脈に驚いた。

 華子はこの社会で想像以上に力を持っている。

 柿澤グループの元役員の力で成し得ないことはないのかもしれない。

 磯田は青ざめ、急に態度を変える。


「そそそそ。それはお止めください。華子さん。私が未熟であるが故にすいません。南田君が犯人なんてのは有り得ません」

「まあ、解ったわ。じゃあ、金輪際、南田弘一君を不当に扱わないと約束してくださる?」

「はい。勿論。柿澤華子さん。いや~あなた様のような人に会えて光栄です」


 磯田は手の平を返したように華子への応対を変える。ゴマすりを頑張っているものの、華子にはそれが響いていない。

 三山たちは華子に頭を下げた。華子が三山たちに言う。


「人は誰しも過ちを犯します。罪を許せとか、罪を忘れて流せとは言っていません。犯した罪と向き合い、生きてく人をどうか受け入れてください」


 華子は逆に頭を下げた。私は華子の行動に涙が出る。

 華子はきっと楠田を含め、罪と向き合い、過ごしている人を助けたいと思っているのだろう。

 確かに罪を犯した人、全てが更正するなんて有り得ない。

 中には自身の犯した罪を勲章かのように振舞う人、自分の怒りのために罪を犯しても良心の呵責にも響かない人もいる。

 罪を嫌悪し、罪を犯した人を信用できない気持ちもよく解る。

 事件の当事者にしかわからないものが沢山だ。

 ただ、華子の見た楠田はその罪と向き合おうとしていたように見えたのだろう。


琥珀の慟哭(下)14 了

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