琥珀の慟哭(下) 15 (45)
罪は消えない。
社会はその罪と向き合い、生きていく人を中々に受け入れてくれないだろう。
それは仕方ないことだ。誰しも忌み嫌う犯罪に巻き込まれたくない。
どんな綺麗事を並べても、元犯罪者を受け入れるのは難しいものだ。
私は華子の行動に心を動かされた。
華子は本当に更正を望む人を助けたかったのだろう。
華子の行動に磯田たちは言葉を失った。華子が頭を下げたことで、他の客がざわつき始める。
「え?なに?どうしたの?」
「つか、おばあさんに頭下げさせているけど?どういうこと?」
「これ、なに?」
磯田は慌てて、その場を
「お客様。大変、ご迷惑おかけします。こちらの不手際です。申し訳ございません。それではゆっくりお食事ください」
磯田は丁寧に言葉を発すると、華子に一礼をしてバックヤードに向かっていく。
三山、香山、啓介は華子を見る。目が合った華子が言う。
「なんか、ごめんなさいね。ただ、南田君があまりにも可哀相だから………」
「……俺は正直、南田さんのことを知りません。ただ、俺が見た南田さんは本当に窃盗をする人に見えなかったです。綺麗事だし、難しいけど、罪と向き合う人には受け入れるべきだと俺も思います。俺自身が犯罪被害者じゃないから、そう思えるのかもしれませんが。ただ、更正しようとしている人を排除する社会は何も生まないと思います」
啓介は華子の机に近づいて言った。華子は啓介の言葉に涙を流した。
香山と三山の二人は、気まずそうな顔をした。華子が二人に向かって言う。
「犯罪を憎む気持ちも解ります。受け入れろという考えすらも、傲慢なのはわかります。ただ元犯罪者だからと言って生きる権利を奪うのは私たちにありません。それをただ解って欲しいのです」
華子の言葉を啓介は真剣に聞く。三山と香山の二人も、華子の言葉をかみ締めているように見えた。
元犯罪者は生きる権利すらないのだろうか。それはあまりにも酷すぎる。
犯罪を許せない気持ちは誰にでもあるものだ。
改めて、元犯罪者の社会への復帰がいかに難しいか実感した。
三山と香山は何も言えず、華子を見る。別の客の声がする。
「すいません。注文」
香山が反応する。
「あ。はい。かしこまりました。すいません。行きます」
「いいえ。私こそ、ありがとう。三人ともお仕事に戻ってください」
「はい。あの。俺、ただ嫌いってだけで南田さんを排除していました。すいません」
香山は華子に頭を下げる。華子は慌てた。
「いいの。解ってくれれば。またここに着させていただくわ」
「ありがとうございます」
華子は香山と三山がわかってくれたと思い、嬉しそうにした。
啓介も嬉しそうだった。華子は食事を終えると、店を出て行った。
華子は食事の会計を終えると、運転手に電話をかける。
「あ、もしもし?今から帰るので、お迎えいいかしら?」
【華子様。承知しました】
華子は電話を切ると、お店の前で待つことにした。
華子は楠田の動向を確認できて少し安心しているようにも見えた。
けれど、これから華子と楠田はどうなっていくのだろう。
華子がお店の前で待っていると、楠田の姿が見えた。
楠田は忘れ物を取りに来たようだ。華子は楠田に気付く。
「南田君」
「……華子さん。本当に来たんですね」
楠田の表情は固かった。華子は楠田に会えて嬉しそうにした。
「私、あの時のことを謝りたくて。本当にごめんなさい」
華子は頭を下げた。
「……あれですか。頭を上げてください。いいんですよ。俺もやり方を間違ったなと思っているので」
「そうだけど、私も南田君を誤解していたし。今回のことではっきりしたよ。南田君、私は南田君の力になりたい。勿論、南田君が迷惑じゃなければの話だけど」
楠田は華子の顔を見る。楠田は泣きそうな顔になっていた。
「え。あ。ごめん。そんなに嫌だった」
華子は楠田の肩に触る。楠田が言う。
「違います。ただ俺はそんな風に思ってもらえるほどの人間じゃないんです。俺と関わっていることで華子さんの社会的立場も、信頼もなくなる」
楠田は華子に訴えかけるように言った。
「そうね。世間はそういうものってわかっている。だけどね、それを変えられないからこそ、私は南田君の力になりたいと思っているの。確かに私の中に、兄に対する思いからというのもあった。でも、私は目の前にいる人を助けたい。だから、南田君を助けたいの」
華子の言葉は心からの言葉に思えた。
華子の真剣さに、楠田は思わず涙を流す。楠田の心は救えたのだろうか。
「………っ本当に馬鹿ですよ。華子さんは。どうひっくり返しても人殺しを助けたいとか。正気じゃない」
「そうね。本当に馬鹿かもしれない。祐にも言われたわ。甘いって。でもね、甘くてもいいじゃない。誰もが立派な人間にはなれない。立派になれない人は生きていたいけないの?そんな社会は間違っているわ。愛情を一身に受けられなかった人間は生きていたらいけないの?私はそう思わない」
華子の言葉は力強かった。華子自身が身を持って実感していたのだろう。
親からの愛情を受けられなかった子供時代を恨むより、近くにいる人を愛するべきだと思っているのだろう。
華子は楠田の両腕を取る。楠田は抵抗することなく、華子を見た。
「ありがとうございます」
「いいの。私以外にも、藤山さんも南田君のことを心配していたわ。あなたを心配している人はいるよ」
楠田は更に涙を流した。華子は楠田にハンカチを差し出した。
これで二人は無事に仲直りをしたようだ。なんだか安心した。
でも、ここから起こる二人の出来事を思うと、つかの間の瞬間に思えた。
***********************
南田弘一は独房での生活に慣れてきた。
独房は一人だからこそ、気楽で話すこともない。他の受刑者からの嫌がらせも無い。
このまま長いこと、独房生活が続けばいいとすら思えてきた。
横になり、ふと、廊下を見る。看守の宮野が近づいてくる。
南田はまた面倒なことにならなければいいと思った。
「南田。調子はどうだ?」
「調子?見ればわかるんじゃないですか?」
南田は挑発的な態度で、宮野に言った。
宮野は表情をなに一つ変えない。南田は宮野がどんな人間か次第に解ってきた。
宮野は南田の態度を気にせずに話しかける。
「なあ。お前には友達、いるか?」
「友達ですか?何を聞いているんだか。いると思いますか?」
「……ただ聞いてみただけだ、悪かった」
宮野は相変わらずの無表情だが、少しだけ申し訳なさそうにした。
南田は何故か、それが面白く思えて笑う。
「っはははは」
「どうした?」
「いや。宮野さんが面白いと思って」
「面白い?よく解らない」
宮野は混乱しているように見えた。南田は宮野と伊藤があの後、どうなったのか少しだけ気になった。
宮野は無表情のまま、首をかしげる。そこに宮野を呼ぶ声が聞こえてくる。
「宮野。おい、宮野。こちらに来てくれ」
その声の主は伊藤だった。伊藤が宮野を呼んでた。
「どうやら、伊藤が呼んでいる。また後でな」
宮野は伊藤に呼ばれて、独房から離れて行った。南田は少しだけほっとした。
正直、誰とも話をしたくない。一人でぼんやりとしているほうがマシだ。
宮野の姿が見えなくなると、南田は横になり、ぼんやりと天井を見る。
あとどのくらいここにいるのだろう。南田は自分に残された時間を考えた。
琥珀の慟哭(下)15 了
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