トパーズの憂鬱 (中) 15


 和義は城内が犯人だとの確信を変えるつもりはないようだ。


「一向に嫌がらせの証拠を掴めていないからさ」


 和義は真剣な表情だった。


「そうだとしてもだよ!止めたほうがいい!」


 美砂子は強めの口調で言った。美砂子の強い説得に、和義は怯んだ。

 和義は考える。美砂子は和義を見た。


「嫌がらせの瞬間を捕らえるしかないよね」

「そうだな」

「とにかく、家の中も盗聴されていないか確認したほうがいいと思う。郵便物が盗まれるようになってから大家さんの所に届けてもらうようにしてるし。確実に私たちの住むマンションは特定されているからね」


 和義は最悪な事態を想定して、顔を曇らせた。二人の空気は重々しかった。

 郵便物の窃盗をされているなら、窃盗罪が成立する。マンションには防犯カメラが設置されていないらしい。

 2001年のころなら、無いところが多いだろう。


「そうだな。今度、会社でその線に詳しい人いるから確認するよ」

「お願いね」


 美砂子は和義が城内の尾行を諦めたことに安心した。

 嫌がらせが始まったら、家が盗聴されていないか確認するのはいいことだと思う。

 電話番号だけじゃなく、住所も特定されているのだろう。

 益々、卑劣なやり方に嫌な気分になってくる。


 美砂子と和義の幸せを邪魔する犯人は、本当に盗聴器を仕掛けていたのだろうか。

 私は仕掛けていたに違いないと思った。私の嫌な予測は、何故か当たった。


 思い出は切り替わった。ゆっくりと写し出される。



 今度は美砂子たちのマンションに、盗聴器があるか検査をしている場面だった。


 盗聴器を検知する機械を持った作業員が、ぐるぐると部屋の中を回る。

 今のところ、無いようだ。

 しかし、美砂子と和義はその様子を見つめた。


 機械がテレビのコンセントに近づいた時だった。けたたましい音がする。

 検査をしている作業員が言う。


「ありましたね」

「え?」

 

 美砂子と和義はそのコンセントを見つめる。プラグは普通の物と何も変わらなかった。

 作業員が言う。


「今、こういうコンセント型のものがあるんですよ」と言いながらコンセントを抜く。


 美砂子はぞっとした。何時いつからそれはあったのだろうか。


 作業員はそのコンセントを解体した。その中から盗聴器の内部が見える。


「これが盗聴器の本体です」

 

 美砂子は青ざめた。和義も言葉を失い、美砂子を見つめ、支えた。

 作業員はそれを手のひらに乗せて、二人の前に差し向ける。


「犯人の目的が何であれ、警察への相談をお勧めします」


 作業員は二人を気にかけた。和義が言う。


「こういうのって、顔見知りの犯行だったりするのですか?」

「そうですね。顔見知りであることは多いです。先日も、若い女性で、盗聴器が仕掛けられていたなんてこともありましたし」

「そうなんですね」


 和義はそれ以上、何も言えず、美砂子を心配した。美砂子の震えは収まらなかった。

 和義は美砂子を寝室に向かわせ、一人で応対した。

 盗聴器が見つかった後の応対について、作業員に話を聞き、料金を支払った。

 作業員が帰った後、和義は美砂子の居る部屋に行く。


「大丈夫か?」


寝室のドアを開けると、美砂子は涙目だった。


「……どうしたらいいんだろうね」


 美砂子はベッドに座り、和義を見る。和義もどうしたらいいのか解らないようだった。

 犯人はこの部屋に来たことのある人だ。和義は美砂子の肩を抱く。美砂子はそれに身をゆだねた。


「犯人、捜さないとなぁ」

「…………」


 美砂子は涙を流す。和義は抱きしめる。


「文芽と幹正くん、城内さんを疑わないといけない?」


 美砂子は小さく言った。和義は口をつむぐ。


「三人以外が犯人ってことはないか?」

「そんなことって」


 美砂子は和義を引き剥がし、顔を覗き込む。


「だって、三人がやったように思えるか?」

「……引越しの人?」

「……とにかく今日はもう疲れちゃった」


 美砂子はぐったりとした。和義は美砂子をベッドに寝かせた。

 由利亜が泣き出した。

 和義は「ごめん、あやすよ」と美砂子に言い、寝室を出て行った。

 美砂子は目を瞑った。

 和義は由利亜を抱きかかえると、あやした。

 お腹が空いているのが解り、ミルクを和義は与えていると、電話が鳴った。


 和義は電話を取る。


「ああ、文芽さん。どうしたの?」

【急にごめんなさい。美砂子はどうしている?】


 電話の相手は文芽だった。文芽は美砂子を心配している。和義は美砂子のいる寝室のドアを見た。


「美砂子はちょっと休んでいる。伝言を受け取るよ?」

【じゃあ、今日は行かないほうがいいよね?】

「いいや。そんなことないよ。来てくれたほうが元気出ると思う」


 和義は文芽を引き止めた。


【そう?じゃあ、行くよ。御土産持って行くよ。多分、一時間くらいでそっちに着くと思う】

「了解。待ってる」


 和義は文芽との電話を終えた。盗聴器を仕掛けた犯人は誰なのだろうか。

 予測すら着かない中、私は彼らを見守るしかなかった。

 思い出の途中で、再び、トパーズのネックレスから手を離す。


 時刻を確認すると、午後3時45分だった。すっかり時間が過ぎていた。


トパーズの憂鬱 (中) 15 了

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