トパーズの憂鬱 (中) 16


 私は空腹を感じた。手袋を外し、冷蔵庫から野菜ジュースを取り出し、それをコップに注いだ。

 これほど長い思い出を見るのは疲れるものだ。あと、どのくらいあるのだろう。

 コップを流し台に置き、私は再び手袋をする。


 一息つき、再び、トパーズのネックレスを触る。


 ゆっくりと思い出は見えてくる。

 先ほどの盗聴器が見つかった後の続きのようだ。美砂子はベッドの上にいる。

 眠っているようでもなく、目は開き、天井を見つめている。

 寝室にいる美砂子はドアを見ていた。


 和義と文芽が話している声が聞こえてくる。

 電話の後、文芽は家に来たようだ。

 美砂子が寝室にいる為、和義が文芽の応対をしているらしい。和義が言う。


「え?さっき俺たちのポストを漁っている女性がいたの?」


 和義の声は大きい。美砂子はベッドから起き上がり、ドアに耳を向ける。


「和義くん。声大きい」

「ごめん」


 和義は文芽に注意され、謝罪した。美砂子は息を飲む。文芽が言う。


「本当に居たんだよ。で、私、声を掛けたよ。そしたら走って行った」

「それってどんな女性だったの?」

「帽子にサングラス、マスク、コートだった。全身真っ黒」


 文芽はポストを漁っていた女性の特徴をはっきりと言った。和義も美砂子も全く検討が着かない。


「そうか。あのさ、実は今日、家に盗聴器があるか作業員に調べてもらったんだ」

「そうなの。で、どうなったの?」


 文芽は心配そうに言った。


「盗聴器。見つかったんだ」

「……そうなの」


 文芽は何も言葉が出ないようだった。和義が言う。


「あ、でも、もう取り外したからね」

「犯人の検討は着いているの?」


 文芽が聞く。


「いや。全然」


 二人はしばらく沈黙した。美砂子はドアに耳を当てたまま、二人の会話を聞き続ける。


「身内を疑いたくない。けど、文芽さんのさっき言っていたことで、夏菜子かなこが犯人なんじゃないかって」

「夏菜子さんって城内きうちさんのこと?」

「ああ」


 ドア越しの和義の声色は落ち込んでいるように思えた。

 美砂子は不安な表情を浮かべる。私は城内が犯人のように思えなかった。


「じゃあ、和義くんは城内さんを問い詰めるの?」

「来週、夏菜子に会うよ」

「美砂子にそれは話したの?」


 美砂子は寝室のドアを開けた。和義は美砂子を見つめる。美砂子が言う。


「和義。本当に城内さんだと思うの?」

「……俺は幹正の言っていることを信じようと思う」


 美砂子は涙を浮かべる。一筋の涙が頬を伝う。文芽は美砂子を支えた。


「解った。私も一緒に行く」美砂子はたどたどしく言った。

「いや、行かないほうがいい。何か言われるかもしれないから」


 和義は反対した。美砂子は食い下がらなかった。


「それでもいい。これは私の問題でもあるからお願い。私も連れて行って!」


美砂子は和義の腕を掴んだ。和義は美砂子を見る。


「解った。じゃあ、一緒に行こう」

「ありがとう」


 二人の様子を文芽は見守った。文芽が言う。


「何かあったら、言ってね。美砂子」

「うん。解った」

 文芽は「じゃあ。私はそろそろ、帰るね。邪魔したら悪いからね」と言い、二人のマンションを後にした。


 二人はしばらく手を繋いでいた。 

 これからどうなるのだろうか。繋がれた手が解かれ、片方は死ぬ。

 私は息を飲み、その行く末を見る覚悟をした。


 思い出はゆっくりと切り替わり、美砂子と和義がいよいよ、城内に会う日になった。

 由利亜は文芽に預けたようだった。

 二人は離れないようにしっかりと手を繋ぎ、城内夏菜子との待ち合わせの場所に向かう。


 私はよく城内が会うことを承諾してくれたなと思った。

 城内は和義のことが好きだったのに、美砂子と結婚している。


 待ち合わせの場所はフレンチカフェの【スゥープソォーン】。

【スゥープソォーン】の意味は、フランス語で『疑惑』。まさしく今の状態というように思えた。


 美砂子と和義はカフェの中に入る。

 店員が「いらっしゃいませ。お二人でしょうか?」と質問してきた。

 和義が答える。


「はい。後から、女性が一人来ます」

「解りました。ではご案内します」

 

 店員は和義と美砂子を席に案内した。二人は店員に促されて座る。休日の日曜日らしく、若い女性が多かった。和義と美砂子の表情は硬い。


 店員は席に案内すると、二人の座る席のテーブルにメニューと、水二つとおしぼり二つを置いた。


「では、お決まりのころにお伺いします」

「あ。あのホットコーヒーを二つ。すいません」


 和義は店員に注文した。店員は注文を受け取る。


「ホットコーヒーをお二つですね。かしこまりました」


 和義は店員が注文を受け取り、居なくなるのを確認すると、口火を切る。


「大丈夫か?」

「うん。大丈夫」


 美砂子は少しだけ緊張している。それは和義も同様だった。

 特に美砂子にとっては、直接的に嫌がらせをしてきた犯人かもしれないからだ。

 約束の時間より30分早い。けれど、その時間が過ぎるは早かった。


トパーズの憂鬱 (中) 16 了

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