トパーズの憂鬱 (下) 1


 二人が座る席に近づく女性が居た。それは紛れもなく、城内夏菜子きうちかなこだった。


「お待たせ。久しぶり、二人して話しって何?」


 城内の表情は特に不快感を示しているようでもなかった。

 和義が言う。


「いや、その。相談があって。まあ、姉ちゃんも何か頼む?これ」


 和義はメニューを城内に向けて、広げる。


「相談ってあのことだよね?どうなったの?」


 城内はメニューを見ながら言った。

 城内の表情は少しだけ恐い。やはり、城内は和義が好きだったのだろうか。

 和義は真剣な表情で言った。


「実は盗聴器が着けられていたんだ」

「え?何それ。気持ち悪っ。警察には言ったの?」


 城内は二人を心配した。

 城内は「すいません。注文」と言って、店員を呼ぶ、

 店員がやってくる。


「お伺いします」

「えっと。ホットティーとフランスパンサンドで。二人は昼ごはん食べた?」


 城内は二人のほうを見る。和義が言う。


「いや、俺たちはいい。ここは俺が払うから」

「そう?じゃあ。これでお願いします」


 店員は城内の注文を受け付けると、その場を去って行った。

 城内は和義に向かって言う。


「もしかして、美砂子ちゃんの元彼の叶井遊作かないゆうさくが犯人かもしれないから、様子を見てくれってこと?悪いけどさ、叶井さんは会社辞めたよ」


 城内が呆れたように言った。和義は少し首を振る。

 美砂子は遊作が会社を辞めたことに少し驚いたようだ。

 それに気付いた城内が美砂子に向かって言う。


「多分、叶井さんは澤地と結婚したくなくて、辞めたんだと思う。美砂子さん、チャンスかもよ」


 城内はにやりとした。和義はその様子を不愉快に思った。美砂子は明らかに動揺していた。

 私は美砂子に迷いが見えた。もしかしたら、まだ遊作のことを思っているのだろうか。


「叶井は関係ないんだ!止めてくれ。姉さん。怒らないで聞いてほしい。姉さんこそ、心当たりないか?」


 城内は和義と美砂子を睨んだ。城内は和義の頬を叩く。


「何それ。私がやるわけないでしょう!本当、ムカつく。確かに私は貴方たちが結婚したとき、気分悪かった。けど、そんなことしない。もういい。絶交よ」


 城内は立ち上がると、水を手に取り、和義にかけた。城内が犯人ではなかった。


「ごめん。本当にごめん。俺が悪かった」


 城内が涙目になりながら言う。


「アンタたちのこと絶対許さないから!」


 城内の声は大きく、他の客が一斉に見た。城内の表情は怒りに満ちて、二人を心の底から睨みつけているようだった。和義が弁解する。


「そんなつもりはなかったんだ。疑ってごめん」


 和義は頭を下げた。城内は震えている。美砂子が言う。


「和義さんは悪くありません。和義さんはあくまで私のために。どうか許してあげてください」


 美砂子も城内に頭を下げる。城内は唇をかみ締めて、言う。


「本っ当、不愉快。もう私の前に現れないで!」


 城内はカフェを出て行く。残された二人は、呆然とした。

 三人のやり取りを他の客が見つめた。視線を気にする余裕など、二人にはなかった。

 美砂子は和義の顔にかけられた水をハンカチで拭う。


「大丈夫?」


 美砂子が聞いた。和義は首を縦に振る。


「美砂子の言うとおりだったな」


 和義は涙目になっていた。

 

「いつか、城内さんも理解してくれると思う。とにかく、城内さんと和解してね」

「どうかな、深く傷つけちゃったからな」


 和義は苦笑いを浮かべる。美砂子は和義の手を握った。

 私はなんだかやるせない気分になってきた。城内は犯人じゃない。解っていたが、和義と城内の関係は壊れてしまった。

 この先は辛いことばかりかもしれないと思えてきた。


 いつものことだが、悲しい思い出を見るのは辛いものだ。


 思い出は切り替わった。今度こそ、犯人が解るのだろうか。


 私は一瞬湧いた、嫌な予感が当らないことを願った。


 切り替った思い出は、文芽の部屋で、文芽と美砂子が話しをしている場面だった。

 文芽が言う。


「ねぇ。和義くんって本当に信用できるの?」


 私は文芽の言葉に嫌な予感が的中したと思った。嫌がらせの犯人が和義なのではないかということだ。




トパーズの憂鬱 (下) 1 了


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