琥珀の慟哭(下) 31 (61)
楠田は自身の家族を思っているのだろうか。
「俺は少し陸さんが羨ましいです。俺を心配してくれる家族はいません。だから俺がどうなろうと心配してくる人なんていないのです」
華子は楠田を見る。楠田は少しだけ寂しそうな顔をしていた。華子は微笑んだ。
「南田君。私はね、あなたのことを本当の息子のように心配しているわ。だから、
あなたが何か困っていたり、苦しんでいたら教えてほしいの」
華子は心からの言葉を発しているように思えた。
楠田は目に涙を貯めて、華子を見た。
「華子さん……ありがとう」
「いいのよ。あなたも幸せになる権利があるのよ。罪は消えない。だけれど、悔いて生きることはできる。私はあなたの力になりたい」
華子は楠田の手を握る。楠田は嗚咽し、華子の手を握り返した。
楠田にとっての華子はかけがえのない存在になっていたのだろう。
華子のために楠田は生きようとも思っていたかもしれない。楠田は華子の手を離すと、真剣な表情で言う。
「華子さん。過去を見てしまったからには俺の話を聞いてください。俺は華子さんに生きていてほしいんです」
「大げさよ。まあ、これまでも命を狙われたことはあるのよ。磯貝さんと陸が薬を使って私を殺すかもしれないってことでしょう?」
楠田はゆっくりと首を縦に振った。華子は楠田と目を反らさなかった。
「具体的な話を磯貝さんと陸は話していたの?」
「はい。俺がこの計画書から見えたのは、磯貝さんが陸さんに薬を渡し、華子さんの食べ物もしくは飲み物にこっそり少しずつ入れていけって。つまり、徐々に弱らせて病に伏せさせる」
「信じたくはないけど。南田君が言うならね」
華子は少し驚いているように見えた。
けれど、華子は楠田の言葉を信じ、楠田の目を見た。
「磯貝さんと陸さんから、渡された食べ物や飲み物は口にしないでください」
「あ、そういえば磯貝さんから手土産を貰ったわ。これよ」
華子はカバンから饅頭の箱を出してきた。楠田はこの箱を見て、表情を曇らせた。
「これです。この饅頭に
華子は真剣な表情をしている。
きっと楠田も言いたくないことだったのだろう。華子は静かに黙り込んだ。
「本当に。入っているのね?」
「ええ。入れていました………それは食べないほうが」
華子は沈黙し、饅頭の箱を開封する。
個包装されている饅頭の一個を開封した。
華子はそれをまじまじと見る。楠田もその様子を見た。
「見た目だけではわからないね。これ」
「そうですね。臭いは?確か砒素はニンニクの臭いに似ていると聞いたことが」
「ニンニク?どうかな」
華子は饅頭の臭いをかぐ。他の客は華子と楠田が饅頭を開け、臭いを嗅ぐ様子を怪訝に見つめた。
「うーん。解らないけど、それっぽい臭いは……するね」
華子は楠田に饅頭を差し出す。楠田は華子から饅頭を受け取り、それの臭いを嗅ぐ。
「そうですね。しますね」
「南田君の言うとおりね」
華子はより一層落ち込んでいるように見えた。楠田は励ましの言葉をどのように掛けるべきか迷っていた。
華子はそれに気付いたのか笑う。
「南田君。私は大丈夫よ」
「そうですか。約束してください。何かあったら俺に言ってください。俺、華子さんの力になります」
「ありがとう。その気持ちだけで嬉しいよ」
「華子さん!」
「南田君。私の問題に南田君を巻き込みたくないのよ」
「……華子さん。俺は華子さんが大事なのです」
楠田は苦々しい表情を浮かべた。華子はそれをじっと見つめる。
「解った。じゃあ、私が助けてほしいときは南田君に連絡をするよ」
「解りました。必ず連絡をください」
楠田は嬉しそうにした。楠田にとって華子の存在が大きくなっていたのだろう。
つくづく、この事件の真相を知るのが恐い。
徐々にそれが近づいているのが解る。私は息を飲んだ。
思い出は再び切り替り、今度は華子が祐と元運転手の宮城の三人で話をしている場面だった。会社の一室のようだ。
琥珀の慟哭(下)31 了
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