琥珀の慟哭(下) 32 (62)
「お母様。何故、宮城さんを解雇し、退職金の小切手と車を押し付けたんですか?」
「祐。私が社長よ。あなたは家族と言え、部下。部下に説明なんているのかしら?」
華子は祐を睨みつけるように言った。祐は華子に怯む。
いつもは華子を威圧している祐の立場が逆転した。私は酷く驚いた。
「それに宮城さん。退職金、いくら足りないのですか?」
華子は冷たく元運転手の宮城を見た。
私は華子がこんな表情を浮かべるのが、意外すぎて驚いた。華子の関係を絶った人への応対がこんなにも冷たいとは強烈に思えた。
祐の威圧感は華子からの影響だと確信した。宮城は華子の雰囲気におろおろし、途切れ途切れに言う。
「わ。私は華子さんおよび、柿澤の家との関係を大事にしてきました。私は華子さんにこれからも、お遣えしたいです」
華子は宮城を見つめる。その様子は先ほどの冷たさはなく、疑問に思っているように見えた。
「どうして、宮城さんは私に遣えたいの?私は貴方の思うようなご婦人じゃないですよ?」
「……いいえ。華子さんは慈愛に満ちています。私も至らないところがあるのを自覚しています。どうか」
華子は本気で元運転手を突き放したいように見えなかった。
祐は華子を見る。華子はため息をつく。
「解りましたよ。宮城さん。貴方の思いは伝わりました。解雇は白紙で、退職金の小切手を返上ください」
宮城は華子の言葉に表情が明るくなっていく。
「華子さん!」
「じゃあ、明日からお願いできるかしら」
「はい」
祐は少しだけ呆れつつも、華子が宮城を解雇しなかったことに胸を撫で降ろしたようにも見えた。
祐は少しだけ華子を見直したようだ。華子は宮城を帰し、祐と二人きりになる。
「お母様。僕はあなたを少しだけ見直しました」
「見直す。私はそんなに冷たい人間じゃないからね」
「っははは。お母様。宮城さんを解雇するなら、お母様に社長解任を要求しようと思っていましたよ」
祐は笑っていた。華子はそんな祐を見ながら言う。
「祐。少しは人の気持ちを解ってくれた…ようね」
「……僕は少しだけ日名子の気持ちが解ってきました。でも、日名子は離婚した後も僕のところに来て、一生懸命に僕を支えようとしてくれました。けれど、僕は日名子とやり直す機会をなくしました。もう、日名子は僕のとこに来ません。そこで気付いたんです。僕自身の愚かさに」
祐は本当に変わったのだろうか。にわかに信じがたいが、祐の表情からそれが嘘でないと思えた。祐は日名子のことで心を入れ替えたらしい。
「そう。良かったわ。私はずっとあなたにそうなってほしかった」
「僕はお母様の慈善事業を本当に馬鹿にしていました。でも、今は多少解るんですよ。お母様が南田君を気に掛けたり、支えたことも。それって必要なことだって。そう思えるようになりました」
華子は祐の心の成長に嬉しくなっているのが解った。華子と祐の距離は縮まったのだろう。祐は華子を母親として認めた。
華子の表情はこれまでになく、穏やかで優しく思えた。
「じゃあ、祐、南田君に会ってみる?」
「南田君ですか。そうですね。いずれ」
「本当に?」
「いずれはお会いしたいです」
「そう。じゃあ、今度、南田君と会うときにあなたも来てくれるかしら?」
「わかりました」
祐の言葉に嘘はないように見えた。私は祐の変わり様に驚くばかりだった。
その後、華子と祐は昼食を食べに行くために会社を出て行った。
華子と磯貝を襲撃したのは一体誰なのだろうか。
その正体がもうすぐ解る。私は息を吸い、覚悟を決めた。
思い出はゆっくりと切り替り、華子が祐の元妻の日名子と話しをしている場面だった。
日名子は華子と祐と暮らしていたときよりも派手になっていた。
祐がさっき言っていた日名子と違うように思えた。心入れ替えたわけではない?
日名子が華子と会っているのは、何かお願いがあってのことらしい。
琥珀の慟哭(下)32 了
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