琥珀の慟哭(下) 30 (60)
どうやら私の予測は当っているようだ。それは楠田の表情がそれを物語っていた。
「…申し上げにくんですけど、磯貝さんが」
「陸と共同経営者の?どうして?」
「……どうしてって。はっきり言いますよ。磯貝さんは陸さんを使い、柿澤コーポレーションを乗っ取ろうとしていますよ」
華子は楠田の発言に笑い出す。
「何を言っているの。まあ、柿澤を乗っ取ろうとする人はこれまでもいたわ。磯貝さんは何か、陸と違って野心家だけどね。陸の仲間よ。大丈夫」
華子はナイフで切ったニンジンを口の中に入れる。
楠田はその様子を見た。楠田に嘘を言っていないだろう。
楠田は何かをはっきりと見たに違いない。
「華子さん。前に俺、話しましたよね?過去が見えるって」
「教えてくれたわね。でも、それと今のは関係ないんじゃないの?」
「……華子さん。俺はいつも、見るつもりがなくとも過去を」
「本当なの?だとしても今回と関係ないよ」
華子は白ワインを一口飲んだ。楠田は華子を心配しているようだった。
華子は楠田の心配そうな顔を覗き込む。
「何を心配しているの?私は大丈夫だよ」
「これから話すことは信じられなかったら、信じなくていいです。聞いてください」
「わかったわ」
楠田は計画書から見えた陸と磯貝のことを話し始めた。
磯貝は陸が華子の実の息子と知るや否や、柿澤家の乗っ取り計画を強要してきたらしい。
陸はそれを断ったが、「柿澤華子の隠し子が死を偽装していると週刊誌に売る」と脅したらしい。
脅された陸は仕方なく、協力することにしたらしい。
楠田は自身が見た内容を話すと、華子は複雑な表情を浮かべる。
「俺のこと、信用できないなら、それでいいです」
「信用するけど……するけど。何かそこまでするかしらね」
「……信用できないならいいですよ。華子さんを不安に陥れるために言ったわけじゃないので」
楠田は少しうつむいた。
自分の言ったことを信用してもらえると思っていない。けれど、華子に信じてもらいたかったのが見て取れた。
「いや、本当信じていないわけじゃないの。ただ、仮にそういうことを磯貝さんが考えていたとしても、その柿澤を維持できるものかしらと思うのよ。私は自分に自信があるとかじゃなくって、会社の手腕のことを言っているの。たとえば、もし、磯貝さんが柿澤の社長になったとして、運営できるのかと。私が親ばかだからというのもあるけど、祐と陸ならやれると思うのよ」
「じゃあ、華子さんは柿澤が乗っ取られても平気?」
「平気?というか、乗っ取るにしても色々やり方があるわけだし。実施的に株式会社は株を買い占めてしまえば経営者になれる。まあ、うちの株を買い占めるなんて凄い金額が掛かる。更にうちの会社の幹部なんて曲者ばっかで」
華子は会社の幹部の顔を浮かべ笑いながら言った。
楠田は華子がのんきに思えて苛ついているようだった。
楠田は何かを言おうか迷っているようにも見えた。
「華子さん。俺の言っていること、それだけじゃないんです」
「それだけじゃないって?」
「……上手くいえないんですけど。磯貝さんが陸さんに薬を渡して、華子さんに飲ませようとしてます」
「なっ。何それ。有り得ない。可笑しいこと言わないで」
「………本当ですよ。俺、見ました。華子さんを病気で死んだように見せかけて殺」
「いい加減にして!どうして、そんなことを」
華子は声を荒げた。
華子の声で、他の客が一斉に、楠田と華子を見る。華子は少し息をつく。
「南田君。むやみやたらに過去を見るのを辞めてくれない?これはプライバシーの侵害よ」
華子は怒りを露にした。
楠田は華子に解ってもらえず、口をつむぐ。
華子は食器を机の角に置き、楠田を見る。
「私のために警告してくれるのは嬉しい。けどね、言っていいこと、悪いことがあるの。陸がなんで磯貝さんと一緒にやっているのか、疑問はもちろんあった。何度か、面会して磯貝さん自身に問題がある気がしたのよ。野心的すぎるというか」
華子はワインを一口飲む。
「華子さん。だったらどうして?」
「磯貝さんのおかげで陸と再会できたのよ。だからよ。それに関しては感謝しているの」
華子の表情は穏やかだった。楠田は華子の様子をただ見つめた。
楠田の表情は少しだけ寂しそうに見えた。
琥珀の慟哭(下)30 了
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