琥珀の慟哭(下) 29 (59)
華子と陸は店を出て、磯貝とのミーティングの場所に向かうべく歩く。
華子の隣を陸が歩く。陸は華子の顔を見た。陸は華子に話しかける。
「本当にこれで良いんですか?」
「何が?」
「いや、祐さんのことです」
「私はね、本当のことを言ったまでよ。あの子にはあれくらい言わないとダメなの。これまでが甘すぎたわ」
華子は少し考えながら言った。華子の本心としては突き放すつもりはなく、親心だったのだろう。
「お母さんは本当に祐さんのこと、思っていますね」
「……そうね。あの子を立派な大人にしようと思っていたんだけどね」
華子は少し困った表情を浮かべた。華子の本心では祐に継いでほしいと思っているのだろう。だけれど、華子は今の祐にその度量がないと判断している。
「少しだけ祐さんに嫉妬します。祐さんはお母さんにとっての大事な息子なんだなと思いました」
「私は祐もあなたも大事な息子よ。祐は他人に厳し過ぎるから。昔はそんなんじゃなかったんだけどね」
華子は少しだけ柔らかな表情を浮かべた。それは慈愛に満ちていた。
陸は複雑な表情だった。それから、華子と陸はタクシーを拾い、磯貝とのミーティングに向かった。
祐に華子の思いは届いていたのだろうか。届いていたと思いたい。
思い出はゆっくりと切り替わった。
今度は華子と陸、磯貝がミーティングをしている場面だった。
どうやら、先ほどの思い出よりも数日間経過しているらしい。
磯貝は終始機嫌が良い、一方で陸の表情は暗かった。華子は陸を気に掛ける。
「静音さんはどうかしたの?」
「いいえ。なにも………」
陸は誤魔化そうとしている。けれど、その様子には無理があった。
華子が言う。
「え。本当に大丈夫なの?」
「大丈夫ですよ。コイツ、今朝から調子悪くて」
磯貝が言った。磯貝は陸を見て笑う。陸は磯貝と目が合うと、目を反らした。
華子は二人の空気が妙な感じがした。
「そう。最近、眠れているの?」
「うーん。眠れていないですね」
陸は笑いながら言った。その様子を華子はじっと見た。
「夜にアロマをたけばいいんじゃないか。それお勧めするよ。静音」
「そうだな。ありがとう。菊男さん」
「じゃあ。俺と静音は二人だけで打ち合わせするので、華子さん、失礼しますね」
「ええ。じゃあね」
陸と磯貝は華子を残し、お店から出て行く。
華子は少し息を吸い、時計を確認する。スマートフォンを取り出し、電話をかけ始めた。電話の相手は楠田だ。
「南田君?今日は夕飯一緒にどう?そう。解った。じゃあ、夜の二十時にね」
華子と楠田は夕飯を一緒に食べる約束をした。
華子は電話を終えると、スマホを仕舞い、店を出て行く。
途中、華子は本屋に立ち寄る。華子は相続に関する本を探しているようだった。
お目当ての本が見つかると、レジで会計をし、楠田との約束の場所に向かった。
華子の機嫌が良いように見えた。楠田と会うのがよほど嬉しいようだ。
私は先ほどの、陸と磯貝の様子が気になった。
磯貝は陸に何かを要求してきたのか。これが原因で事件が起こるのだろう。
あくまでも予測だが、そう思えてならない。
華子は待ち合わせの時計台に向かう。しばらくすると、楠田が華子の前に現れる。
楠田の表情は柔らかく、前回よりも精神が安定しているように見えた。
「元気そうね、仕事は上手くいっているの?」
「おかげさまで。何か週刊誌のこと、華子さんがやってくださったんですよね?」
「いいの。気にしなくて。さあ、行きましょう」
華子は楠田の腕を掴んだ。楠田は少し驚きつつも、嬉しそうだった。
二人はフレンチレストランの店に入り、近況報告をし合った。
楠田は週刊誌の件があったものの、仕事をクビになることはなく、順調に過ごしているらしい。
私は楠田が、死刑になる前に更正できていたと思うとやるせない気持ちになった。 華子は楠田の順調そうな様子に心から安心していた。
「そう。上手くいっているのね」
「華子さんのおかげです。俺みたいなのが本当にこれでいいのかって思います」
「誰にでも幸せになる権利、あるのよ。あ、そうそう。私の息子、陸と磯貝さんとのビジネス、上手くいきそうなの。これ、陸と磯貝さんが最終的に決めてくれた案がこれなんだけど」
華子は嬉しそうにビジネス計画書を見せた。
楠田がその計画書に触れる。楠田の表情が見る見るうちに、曇っていく。
華子はすぐにそれに気付く。
「え?どうしたの?」
「……華子さん。本当にお二人とやるつもりなんですか?」
「え?どうして、そんなこと言うの?」
私は楠田がその計画書から、過去を見たのだと思った。
琥珀の慟哭(下)29 了
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