琥珀の慟哭(下) 28 (58)


南田弘一は目を閉じて、あぐらをかいていた。

独房は静まり返っていた。あれから弁護士の古川ふるかわ呼人よひとは面会に来ない。

南田はそれでいいと思った。

外部の情報は知る術もないが、華子の生存だけは気になる。

しばらくすると、看守の宮野がやってきた。


「おい、差し入れ」

「あ、はいはい。どうも」


宮野の独房の柵の小さな受け渡し口を鍵で開けて、南田に差し出した。


「誰からです?」

「古川呼人さんから」

「古川さんか」


南田はそれに触れた。

ゆっくりと思い出が見えてきた。差し入れを選んでいる場面だった。

デパートで商品を選んでいる古川の様子は深刻な表情だった。

古川はスマートフォンの着信に気付き、電話に出た。


「あ、こんにちは。私が南田を担当している弁護士の古川です。あ、はいはい。あーそうですか。ご連絡ありがとうございます」


古川は電話を切ると、ため息をつく。

連絡の内容はあまり良いものじゃなかったらしい。

南田はそれが華子のことかと思った。

古川は差し入れが決まったのか、ペンとメモを取り出し何かを書き始めた。

それは南田へのメッセージだった。内容は次の通りだった。


『南田へ

元気にしているか?面会に会えなくて残念だった。差し入れを受け取ってくれ。あまり良くないことなんだが、柿澤華子さんがかなり危険らしい。このままだと。なぁ、お前はやっていない。そうだろう?』


そのメモを二つに折り曲げる。

古川はそのメモを差し入れにいれた。

南田は思い出の途中で、差し入れから手を離した。


宮野がその様子を見ていた。


「どうした?」

「あ、いやぁ。なんでもないです」

「顔色、悪いぞ」


南田の顔色は悪くなっていた。南田はため息をつく。


「すいません。宮野さん、一人にしてください」

「ああ。わかった」


宮野は無表情で南田の下を離れた。

南田は静かに涙を流した。


**************************


華子の後ろからやって来たのは、陸だった。


「お母さん」

「あ、陸。迎えに来てくれたの?」

「はい。お母さんに出来る限り一緒にいたいです」


陸は華子に会いたかったらしい。

心から華子を思っているように見えた。


「そう。ありがとう。じゃあ、一緒に行きましょう」

「嬉しいです」

「私もよ」


仲睦まじい親子の雰囲気だった。

二人は歩いて、ミーティングの場所に向かうらしい。二人は話をしていた。


「いずれ、もう一人の息子、祐を紹介するわ」

「祐さんですか。会ってみたいです」

「そう。あなたとは全く違う感じだけどね」


華子は楽観的に考えているようだった。

陸は祐に興味を示した。

歩く二人に声を掛けてくる人がいた。噂をすればの祐だ。


「お母様」

「あら、祐じゃない?どうしたの?」

「運転手さんを馘にしたって聞きました。危ないじゃないですか!」


祐は華子に食って掛かった。

陸は祐の肩を掴む。


「そんな怒らないで」

「あなたが静音理央こと、陸ですか?」


祐は陸の顔を見る。その表情はいぶかしげだった。


「そうですけど。お母さんだって理由が」

「あなたに関係ないでしょう!」

「関係あります!僕の母親ですから」


祐は不愉快そうな表情を浮かべる。華子が二人をなだめる。


「まあ、二人とも落ち着いて」

「落ち着いてられますか。運転手さんは昔からお世話になってるのになんで」


祐は運転手をくびにしたことが納得行かずイラついている。


「そうね。私の我が儘よ、祐。許して頂戴。新しい運転手はすぐに手配するから」

「理由を教えて下さい」

「ここで言うのもあれだから、お店に入りましょう」


祐と陸は、華子に促されて喫茶店に入った。チェーン店の簡易なカフェだった。

華子が一人で座り、向かいに祐と陸が座る。


「あのね、私が死んだらの話なんだけど」

「お母様、いきなりなんですか?」


祐は呆れ気味に言った。陸は華子を気遣う。


「お母さんは調子悪いんですか?」

「いいえ、違うわ。二人ともゆっくり落ち着いて聞いて」


華子は二人を落ち着かせる。華子が言う。


「私が死んだら、その後を陸に継がせようと思うの」


その言葉に祐は顔を歪ませた。

陸は突然のことで、口をぽっかり開けたままになる。

祐が両手で机を叩きながら、立つ。


「お、お母様。それはどうして?」

「どうしてって。陸のほうが祐よりも人を纏める力があるから」


華子はにこやかに言った。

祐は納得いかない思いが爆発し強い口調で言う。


「今度は実の息子を使って、この柿澤を乗っ取ろうって計画……なんですね」

「あなたは何も解っていない。そういうことじゃないの」

「じゃあ、どういう」

「あなたは他人に厳し過ぎるし、人の痛みが解らないのよ。あなたが社長を解任になったのも、部下たちの不満があったからよ」


祐はそれが解っている故に、口を紡ぐ。

陸は二人の顔を見る。


「でね、私はそれを運転手さんに言ったの。そしたら、争いが起こるって不吉なこと言うから」

「……そんなことだけで、馘にしたんですか?」


祐は更に呆れた表情を浮かべた。

華子は運転手から聞いた話をするべきか迷う。


「あ、でも、その」

「なにか有るんですか?」

「何でもない。まあ、そういうことよ」


祐はため息をつく。陸が言う。


「お母さん、それは可笑しいよ。祐さんはこれまで柿澤家に貢献してきたんだから。祐さんに継がせるべきだと思う」


祐は陸の発言に驚く。

祐は少し戸惑う。華子はため息をつく。


「陸。あなたは解っていない。さっきも言ったけど、祐は人の痛みが解らないのが致命的よ」


祐は歯を食い縛る。祐の目元には涙がうっすらと見えた。


「痛みって。欠陥のある人間は近くにいてもらいたくない!それのどこが?」

「あなたは何も解っていない!そういうことよ!さて、話は終わりよ。祐。仕事に戻りなさい。私と陸はこれから磯貝さんとミーティングへ行くわ。行きましょう陸」

「はい。お母さん」


華子は立ち上がり、陸と共に店を出ていく。取り残された祐は拳を握り閉めて下を向いていた。


琥珀の慟哭(下)28 了


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