アメジストの涙 (下) 2

家族以外の人に、【物に触れると過去が見える】能力を話す。

勇気のいることだ。私はどうしたらいいのだろう。

私は悶々と考えながら、笹山のいるベンチに戻る。笹山は私を見た。


「買ってきたよ。はい」


私は笹山にオレンジジュースを渡す。


「ありがとう」


私は笹山の隣に座る。私は口火を切る。


「さっきのことだけど」

「うん」


笹山は私を見つめる。私は笹山を見た。

笹山は私から目を離さない。


「私には」

「物に触れると何か見えるの?」


笹山は私を遮って言った。それは怪しんでいる目でもなく、真っ直ぐだった。


「うん」


私はゆっくり首を縦に振った。


「だから、あんなに触れるのを嫌がってたんだね」

「うん」

何時いつからなの?」

「昔から……かな」


笹山は私を見る。私を気味悪がっているのだろうか。私は心配になってくる。


「すごい汗かいていた。大丈夫なの?」

「……大丈夫とは言い難いかな」

「……そうか」


笹山は黙ってしまった。私は下を向く。

気味が悪いと思ったのだろうか。

初めて家族以外の人に自分の能力を話した。話してみると、呆気ないものだ。

拒絶をされるのだろう。私はベンチから立ち上がり、離れようとする。笹山は私の手を取った。


「私、気持悪いなんて思っていないから!」

「え?」

「触ることで、何かを見えるくらいどうってことないから。それに梨々香りりかの力になってくれたから」


笹山は真剣な顔で言った。私は笹山を見つめた。


「正直、今回のことで、梨々香のことを持てはやしてた人たちは離れちゃって、幻滅していた」


私は涙が出そうになる。


「けど、川本さんはそんなの関係なしに、梨々香の心配をしてくれた。本当にありがとう」

私はいつの間にか、涙を流していた。笹山は慌てる。


「とにかく、ありがとうね」


笹山は私にハンカチを手渡してきた。私はハンカチを受け取る。


ハンカチに触れた瞬間、笹山の思い出が見えてくる。

ゆっくりと見えてきたのは、笹山が母親と話している場面だ。


「ねぇ。お母さん。友達で、極端に物に触らない子がいるの」


笹山は私のことを話している。


「それって潔癖症のこと?」

「うん。多分」

「色々とあると思うけど、その子も悩みとかがあるのだと思うよ」


母親は洗濯物を畳ながら言った。確かに私は潔癖症の人と変わりない。


「そうか。悩みか。大丈夫かな」

「その友達のこと、心配なら幾子が力になってあげてね」

「私が?余計なお世話じゃないかな」

「そんなことないよ」

母親は優しく言った。私は少し嬉しくなった。

「解った」



思い出はそこで見えなくなった。私は笹山から渡されたハンカチで涙を拭う。


「ありがとう」笹山に向かって言った。

笹山は少し照れているのか。笑う。

「川本さんは笑っていたほうがいいよ」

「え?そうかな」

「うん。なんか何時も冷めているから。原因が解って良かったよ。何か変なものでも見たせいでなったんだろうけど」


私は頷く。笹山は私の手を取る。


「私は川本さんの友達になりたいと思うよ」

「ありがとう」


笹山の心からの言葉に私は胸がいっぱいになった。

笹山と私は握手をした。笹山の手は暖かかった。


私と笹山は一緒に家に帰った。あの後、三島は警察に行ったのだろうか。

楠田が無事に捕まっていることを願った。


私は嫌な予感がした。


藤駅で笹山と別れた。私は駅から自宅まで歩く。

時刻は19:34。家々の明かりが着き、道自体は暗いものの、見えない程度ではない。

私は家の近くの電信柱に触れてしまった。



触れた瞬間、思い出が見えてきた。

誰かの息づかい。追われているのか。

楠田か。楠田の逃げている場面だ。

どうやら、楠田の元に警察が来たらしい。

警察を振り切り、逃げている。


楠田は自分が犯人だと、何故バレたのか探っている。

楠田が独り言を言っている。


「くそっ」


もしかしたら、楠田は私だと勘づいた。

どこで解ったのだろうか。

楠田は考えている。楠田は私たちのクラスメイトに聞いて回った後のようだ。


「川本の家は何処だ」


やはり、楠田は私を探している。

これは今の時刻から一時間前のようだ。

楠田は吹越の家のインターフォンを押す。


吹越は私と同じクラスの吹越理世ふきこしりよの家だ。


【吹越ですが?なにか】


インターフォンに出たのは、吹越理世だった。


「あ、俺、隣のクラスの楠田っす。川本リカコさんの家解ります?」


楠田は持ち前の人の良さそうな雰囲気を出しながら言った。

私はこの楠田の恐さを改めて実感した。

使い分けが上手い。だから、誰も楠田が犯人だとは気づかない。


【あ、楠田くんか。川本さん?川本さんならここの右だよ。なんで?】

「いやぁ、実は江波のことで相談がさ」

【へぇ。そうなんだ。江波さん大変だよね。お父さんが】

「そうそう。親父さんがね」


私は白々しく言う楠田に嫌悪感が湧く。


【本当、酷いよね。江波さんの力になってあげてね】

「おう。じゃあな」


会話を終えると、楠田は物凄い剣幕で私の家を目指した。私は寒気がする。

まさか楠田は自分の家族を襲うのではないかと心配になる。

楠田は私の家の前に着くと、インターフォンを押す。



「すいません。俺、隣のクラスの楠田って言います。リカコさん居ます?」

【はーい。川本ですが。リカコなら江波さんのお見舞いからまだ帰ってませんよ】


出たのは母親の由希子だった。

母親は全く警戒していない。当たり前だが知らないからだ。


「そうですか、何時もどります?」

【そうねぇ。一時間後くらいじゃないかな?家で待つ?】


私はぞっとした。殺人鬼を家に?止めてくれ。


「ああ。いいです。また来ます」

【そう?ごめんなさいね。いつも、リカコと仲良くしてくれてありがとう】

「いや、いいっすよ。俺こそ世話になったので」


とりあえず、家には入っていない。私は安心した。

楠田は憎しみを込めた表情を浮かべている。

逆恨みもはなはだしい。楠田は確実に私をるつもりなのだろう。

楠田は自分のポケットから何かを触っている。そこに見えたのは、携帯用ナイフだ。

それで私を一撃するつもりだろう。



きっと楠田は、人を一人殺すも二人殺すも「自分は死刑にならない」と確信している。

私はそれが解ると嫌な気分になった。楠田は立ち止まり考えている。


何を考えているのだろう。私はそれを予測する。

恐らく、私の家の近くに隠れ、私が帰ってくるのを待つのだろう。


その予測は当る。楠田は私の家の三個くらい行ったところに行く。

その家は確か、空家で誰もいないはず。

更には丁度良いことに、茂みがある。楠田はその中に入っていく。

つまりはそこから、私が自宅に入っていくのを見計らい、襲うつもりなのだろう。

電信柱の思い出はそこで見えなくなった。この先に楠田がいる。


私は引き返し、公衆電話を探す。スーパーの中に公衆電話があるようだ。

スーパーに入り、公衆電話を見つけると、一目散に110番の電話を架けた。

一回の呼び出しで、警察官が出た。


『はい。C区警察署』

「あの。すいません。この前にあった母子殺傷事件のことですが」

『あれですか。父親に容疑が掛かっていた?』

「あ。そうですそうです。あれの犯人って少年ですよね?」

『ちょっとまだ確定ではないですが。何かご存知のことがありますか?』


警察官は不審に思っているようだが、疑ってはいない様子だ。


「あの。その犯人らしき人がC区の2丁目4-5の空家に居ます。どうやら誰かを殺そうとしているようです」

『本当でしょうか?解りました。お電話ありがとうございました』

「はい。すいません」


私は警察への電話が終わると、ため息をつく。

私は少し経過から、家に帰ろうと考えた。

スーパーで時間を潰そう。


スーパーの食品売り場に行くと、お菓子とジュースを取り、レジに向かう。

すると、向こう側から知っている人を見かける。


それは担任の水山だった。

水山は恋人の加奈子と手を繋いで、買い物をしている。

会って会話をする元気のない私は、見つからないよう足早にレジに行く。


しかし、水山が私に気がついた。


「おい、川本じゃないか」


私は振り返る。加奈子は微笑ましく見つめてきた。


「あ、先生」

「こんな時間にどうした?」

「えっと、あー。買い物を頼まれて」

私は適当に嘘をついた。


「そうか。偉いなぁ。お前は」

水山は信じ切っている。加奈子が言う。


「ねぇ。恭一、この子が前、言ってた子?」

「ああ。そうだ。川本、こちらは俺の婚約者の間宮まみや加奈子かなこだ」

「間宮加奈子です!よろしく」

加奈子は丁寧に挨拶した。改めて見る加奈子はキラキラした女性だった。



「私は川本リカコです!」

「リカコちゃんか!可愛い名前だね。ねぇ、良かったら学校での恭一のこと教えて?」

加奈子は私の肩に手を置く。私は加奈子を見た。

水山は慌てる。


「おい、加奈子」

「いいじゃん、学校での恭一を知らないからさー」

「おいおい。特にないよな?川本」

水山が言った。

「先生は、女子生徒に人気ありますよ」

私はそのままのことを言った。

加奈子は笑う。

「おー色男!ヒューヒュー」

加奈子は水山をからかった。

「おい。色男じゃねぇぞ」


私は水山と加奈子のやり取りに癒された。私はふと笑う。

「あら、可愛い」加奈子が言った。

「何か笑ってすいません」

私は口を抑えた。水山が安心した様子で言う。


「何か最近、江波とか笹山と仲良くなってるみたいだな」

「はい。二人とも優しくて」

「恭一が心配すること無かったみたいね」

加奈子は水山に微笑む。加奈子は私を見る。


「よし!恭一の秘密を教えてあげよう」

「ちょっと、おい!」

水山は加奈子の口に手を当てる。

加奈子はそれを振り払う。


「何でーいいじゃん」

「余計なこと言うなよ」

「恭一は本気で漫画家目指してるんだよー!」

私はそのことを知っていたが、初めて知ったふりをすることにする。

「そうなんですね!だから、絵が上手かったんですね!」

「でしょ!」


加奈子は自分のことのように喜んでいる。よほど二人は仲が良いのだろう。水山は少し照れている。


「先生なら、漫画家になれると思いますよ」


私は柄にもなく、水山を褒めた。

けれど、それは何となく水山の強い意思を思い出の中から見えたからだ。


「そ、そうかな?」


水山はまんざらでもなかった。加奈子は微笑む。


「良かったね、恭一。教え子に褒められたよ」

「だな。俺、頑張らないとな。川本、今度、ぜひ俺が描いた漫画読んでくれ」

「あ、はい」


私は物に触れると過去が見えるが、そんなのお構い無しに返事をした。


「何か川本、変わったな」

「そんなことないですよ」

「恭一、教師が様になってるね」


加奈子は嬉しそうにした。

そんな心地よい時間は急に壊される。スーパー内の客が騒然とし始めた。


「何が遭ったのかな」


加奈子は客を見る。私と水山もそちらを見た。私は嫌な予感がした。



嫌な予感は嘘のように当たった。客が逃げている。

怒号が聞こえてきた。


「うるせぇ、どいつもこいつも殺してやる!」


楠田だ。楠田は警察から逃げて、このスーパーにやってきた。

私はどうするべきか。楠田の狙いは私だ。


「ねぇ。逃げたほうが良くないヤバイよ」


加奈子が青ざめている。水山が険しい顔をした。


「加奈子と川本は逃げろ。俺が行く」


水山は私と加奈子を帰るように促す。


「先生、私も行きます。私にはその責任があります」


私は言うことを聞かず、行こうとする。


「駄目だ。俺は先生として、教え子を守らないといけない」

「先生、でも」

「いいから!加奈子を連れて逃げろ!」


水山は怒鳴る。その声に私はひるんだ。加奈子は困惑する。


「ちょっと大丈夫なの?」

「ああ。大丈夫だ。加奈子、知ってるだろう。俺が柔道の黒帯って」

「そうだけど。無理しないでね」

「ああ。とにかく行け!」


加奈子は私の手を取ると、走り出す。 スーパーの出口まで行くと、私は水山だけに任せていいのだろうかと思えてきた。私は手を振り払う。



「私、やっぱ先生と供に行きます」

「えー!」

「私の友達を殺したのは、暴れている人なのです」

「どういうこと?」


加奈子は混乱している。説明している暇はない。


「とにかく行きます」

「あ、待って!」


私は加奈子の言葉を振り切り、スーパーに戻る。

スーパーに戻ると、刺された人の血が売り場一面に着いている。


3~4人ほどの人が刺されて横たわっている。

警察は何をやっているのだろう。


そこに水山と楠田は対峙していた。


アメジストの涙 (下) 2 (了)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る