アメジストの涙(下)1

私は三島に自己紹介をする。


「あの。私は江波梨々香さんの同級生の川本リカコです。あっちが、梨々香さんの親友で、笹山ささやま幾子いくこさん。今日は江波さんのお見舞いに来ました」

「そうか。ありがとう。梨々香は今、集中治療室で会えない。けど、病室の前までなら。あの、いいですかね?案内しても?」


三島は看護師に聞く。看護師は首を縦に振る。


「解りました。いいですよ。三島さん」

「ありがとうございます」


笹山が元気に言った。私も「すいません。ありがとうございます」と言い、三島と笹山と供に江波の集中治療室の前まで行く。


江波の病室の前に行く間、三島が言う。


「梨々香に友達が居て、私は嬉しいよ。マスコミは大丈夫だったかな?」

「ええ。大丈夫でした。三島さん、あの日、何があったか教えてくれませんか?」

笹山は真剣な顔で言った。三島は顔を歪ませ

る。


「警察にも話したのだけどね。私が気付いたときには、梨果子りかこ梨々香りりかが刺されていてね。もう、梨果子は手遅れで。梨々香はぐったりしているものの、まだ息が」

三島は嗚咽おえつをしながら言った。私たちはその話を黙って聞いた。

「妻の千沙子ちさこが死んでから、二年くらいしか経っていない中、娘の梨果子まで……更には孫の梨々子まで………私はどうしたら……」


三島は震えていた。三島は事件に娘と孫が事件に巻き込まれたことで、かなり疲弊ひへいていた。


疲れがピークに達しているのか、おぼつかない足取りだ。


「大丈夫ですか?大変な時にすいません。あの、三島さん。事件の時に梨々香さんが部屋に置いていたものや、梨々香さんの物はないですか?」


私の発言に、笹山は驚く。私はその江波の私物から、事件当時の状況を見れるのではないかと考えた。


「物?そうだね。うーん。あ、アメジストのネックレスかな。一時的に警察が預かっていたけど、特に事件に関わるものでもないから返されたよ」


三島はそのネックレスが入った箱を私たちの前に差し出す。

私は息を吸い、そのネックレスの箱を触る。


思い出はゆっくりと見えてきた。

いつも映画館のスクリーンのように見える思い出は、楽しいものじゃないだろう。

事件の真相を知る目的で、思い出を見るのだから。私は覚悟をする。


江波と江波の母親が、父親を待っている場面から始まった。江波の母親が言う。


「梨々香。いざとなったら警察を呼びましょう」

「うん。解った。お母さん」


江波と江波の母親は緊張している。場所はどこかのカフェだろうか。

比較的お洒落だが、席が離れており、プライバシーが守られている感じだった。


「あの人は話が解る人じゃないと思う」


江波はため息をつく。

そうだろう。あんな文章を送ってくる人がまともなはずがない。


「そうね。けど、話をつけないとね」


母親が言った。


「うん」


江波の首には、レプリカのアメジストのネックレスがつけてあった。

しばらくすると、江波の父親がやってくる。


父親は二人を見つけると、嬉しそうにした。



「久しぶりだな。元気にしていたか?」

江波の父親は私が見たときよりはやつれているものの、鋭い目つきはそのままだった。

きっと、児童相談所が来た後、江波の父親は色々あったのだろう。


「うん。お父さんは?」


江波は冷静に言った。父親は笑う。


「お父さんなぁ。仕事で降格されしまったよ。参ったよ」


父親は頭をかく。母親は何を言えばいいか、黙る。


「そうなんだ。でも、お父さんの降格は、私たちに関係ないよ」


江波は少し強めに言った。父親は笑う。


「そうだな。私自身の問題だな。梨々香。決して父さんみたいに中小企業の課長になるなよ」

「お父さんに言われなくても私は自分の道は自分で決める」


江波の表情は清々しいものだった。恐らく、自分と母親を守ることを決意したのだろう。


「そうか。随分、私に物を言うようになったものだ。梨果子。お前の教育はどうなっているのだ?」


父親は先ほどまでの雰囲気とガラリと変わり、憎しみを込めた目で母親を見る。

母親は体を震わせた。怯えている。


「あの。私からもお願いします。もう、私たちに関わらないでください。離婚届に判子を押してください。お願いします」


母親は父親と目を合わせず、ひたすらに頭を下げて、離婚届の紙を取り出した。

父親は舌打ちをする。父親は離婚届を手に取ると、破る。


「離婚はしない」


父親が言った。江並と母親は一連の父親の行動を予測していた。

解っていたものの、二人は父親を見つめる。父親が言う。


「俺がそんなに悪いか?お前たちのために仕事していた」

「確かに私たちのために働いてくれました。けれど、私たちを抑圧しましたよね」


母親は言い返した。震えてはいるものの、決意は固いのだろう。江波が言う。


「お父さんは、自分の思い通りになる人形がほしいだけなんだよ。自分のことばっかりだよ」


江波の声は大きかった。父親は唇を噛み締める。


「解った。お前たちの気持ちは」


江波と母親は少し安心する。

しかし、父親は江波と母親をにらんで言う。


「後悔させてやるよ。お前たちを」


言い捨てるように席を立ち、出ていく。母親は堰を切ったように泣き始める。


「恐かった……」

「お母さん、大丈夫?」


江波が母親を支える。母親は江波の手を握った。


「昔はあんな人じゃなかったのにね………」


母親は泣く。私は二人がこの先で、父親に刺されてしまうのを止められない。

私は何も出来ない。事実を見ることしか出来なかった。


思い出は切り替わった。

江波と母親が父親と会った日の夜だ。つまり、江波と母親が刺される直前だろう。

私は身が引き締まった。


夜の夕飯を終え、祖父の三島重雄を交えて三人で話をしている。三島が心配している。


「そんなことがあったのか。祐二くんが何か危害を加えてくることはないのか?」

江波が言う。


「大丈夫だって。だって、お父さんだよ?」

母親はため息をつく。母親が言う。

「あの人が変わったのは、今の会社に勤めてからよ」

江波は母親を見た。

「あの人は勤める前、起業して失敗しているのよ。あの人の父親は、それを責め立てていた」


私はその話を聞き、苦しくなった。父親は、その父親からの精神的虐待を受けていたのだろう。



江波は初めてその話を聞いたようだった。三島も複雑な表情を浮かべる。


「出来損ない。努力はしたのかと。梨々香が生まれる前にあったことなのよ。散々言っていた。あの人は『あんな親父になりたくない』って。けど、なったことに気づいていない」


母親は涙を流しながら言った。江波は母親に寄り添う。三島が言う。


「そうだな。梨果子と結婚するために、家に来たときの祐二くんは違ったな」


沈黙の時間が流れる。江波が言う。


「もうダメなのだと思う。違う道を生きるしか道はないんだよ」

「そうね。もう無理よね。私も仕事先を見つけないとね」

「うん。お母さん、私、学校は公立受けるよ」

「そう。行きたいとこ、私立じゃなかった?」

「うんうん。お父さんに言われてそう言っただけだから」

「いざとなったらお爺ちゃんが援助するからな。心配するなよ!」


三島は力強く言った。私はその会話が切なくなった。この後、二人は刺されて、三島は取り残される。

やるせない思いになる。


場面は再び、切り替わる。

私は刺されるところは見たくない。強く思ったが、それを許すことはなく、見えてきた。



窓ガラスが割れる。江波が眠っている部屋の近くの廊下だ。父親が割って入ってくるのだろう。


割った人物の後ろ姿が見えてくる。その人物は、父親ではなかった。

私は動揺する。父親は殺していない?

その人物は耳にピアスをしており、短髪の黒髪。身長は160cmにも満たない。


見たことのあるシルエットだ。

江波が眠っている部屋に向かう。

江波の部屋に入るとその人物は、眠っている江波の口元に手を当てた。


江波が目を覚ます。目を見開いた江波は動揺している。

知っている人物か?その人物が江波に言う。


「刺されたくなかったら、やらせろ」

「……!」


その人物は江波の首元にナイフを着ける。

江波は暴れる。その人物のお腹を蹴りあげ、更に急所を蹴り上げた。

その人物は痛みで屈む。


「クソ!」

「何でこんなことするの?」

「は?そんなの前からお前が気に入ってたからだよ」

その人物の顔が見えてきた。それは江波の近所に住んでいた楠田くすだだ。江波が虐待されていることを漏らしていた生徒だ。


「騒いだら刺すぞ」


 楠田は再び、江波に駆け寄る。


「大人しくやられろ」

「い…や」

 楠田は江波の両手を片手で一束に掴み、江波の口を手で塞ぐ。私は衝撃で恐くなった。私は震えが止まらない。

 江波と楠田のやり取りの音が聞こえたのか、母親がやってくる。


「梨々香、どうしたの?何があったの?」

「お、お母さん!」

 

 江波は声を上げる。楠田は舌打ちをし、江波の腹を刺した。真っ赤な血が滴る。

 母親はドアを思い切り開けた。


「あなたは!」

「どうも。梨々香さんのお母さん。梨々香さんが僕と仲良くしてくれなくて、刺しました」

母親は真っ青になる。


「何でこんなことを!」

「梨々香さんが悪いんですよ、僕に振り向いてくれないから」


楠田は更に梨々香を刺そうとする。それを母親は止めようと、ナイフを持つ手を取る。

しばらく揉み合いになった。

私は卑怯な楠田に反吐へどが出た。犯人は父親でなかった。


「お、お母さん」


江波は母親を呼ぶ。母親は楠田とナイフを取り合うが、楠田は力が強く、ナイフは母親に刺さってしまった。

楠田が笑う。


「少年法って有難いっすよね。人殺しても、死刑にならないし」

母親は痛みで屈む。その背中に更に突き刺す。

「止めて!」


江波の叫びが木霊こだました。楠田の両耳にあったピアスは片耳が無くなっていた。


そこで思い出は見えなくなった。

私は冷や汗と、動悸が起こる。笹山が心配した。


「だ、大丈夫?」

「う、うん」

三島も驚いている。

「大丈夫かい?調子悪いのかい?」

三島は私に椅子に座るよう促す。私は座った。


「あの。本当に江波祐二さんが犯人なのですか?」

私は三島に聞く。三島は困った表情を浮かべる。

「……。確かにねぇ。祐二くんをその近くで見かけたんだ。だから、私は祐二くんことを」

犯人は江波祐二さんじゃない。犯人は楠田。

「江波さんの着衣は?」

「……梨々香の着衣は乱れていた」

「じゃあ、犯人は?祐二さんじゃないですよね?」


私はいつの間にか、三島に駆け寄った。笹山はその様子は唖然と見る。


「……確かに可笑しい。で、でも、祐二くんは」

「もう一度、警察に言ってください。あと、ピアス落ちていたかも確認して下さい」

私は三島にすがるように言った。

三島は驚いているものの、納得したようだ。


「あの、私、帰ります」


私は断りを入れて、帰ることにした。笹山は慌てて、私の後ろをついてきた。



「ちょっと川本さん、どういうこと??」

「どういうって?」

「だから、さっきの」

私は笹島病院の廊下で立ち止まり、笹山のほうに振り返る。笹山は私を見た。


「ここでは言えない。外で話そう」



私は笹山と共に、笹島病院を出る。先ほどのマスコミは居らず、私は安心した。

少し歩いた場所に公園がある。

そこで、私と笹山はベンチに座った。


「ジュース買ってくるから待っていて」

「え?ちょっと」


私は笹山をベンチに置いて、自販機に向かった。そこで、オレンジジュースを2本買う。


笹山にどのように説明したらいい。

そのままの事実を言うべきなのだろうか。

家族以外の人に話したことなど無い。


アメジストの涙 (下) 1 (了)





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