タンザナイトの夕暮れ時(中) 8(19)

スマートフォンの着信音が耳元で鳴り響く。

私はその音で目を覚ました。私はどのくらいか眠っていたらしく、着信は森本ヒカルからだった。

「どうしたの?」

【あ、やっと出た】

「ん?なに?」

【もしかして、寝てたか?】

「うーん。多分」

私は寝ぼけながら起き上がり、スマホを持ちながら台所に向かう。森本は私の声に安心したのか笑う。

【多分ってなんだよ。心配したんだぞ?今日、様子見に行ったらまだ店開けていないし】

「あ、今、何時?」

【11時半だぞ】

「11時半!マジで!思い出を見ていたらそのまま12時間くらい眠っていたみたい」

【おい、マジか。それって大丈夫なのか?】

「ん?疲れかもしれない。でも、大丈夫。今日は休むよ」

【ゆっくり休めよ】

森本は私を気遣う。その気遣いは心からのもので暖かい気持ちになる。

私は森本を心配させないようにしようっと思った。

「うん。今日は休むよ」

【ああ】

森本との電話を終えると、私はご飯を作り始めた。お腹が空いていたら、何もできない。空腹は大敵だ。

出来合いの炒飯チャーハンを作ると、私はそれを口の中に掛け込んだ。

本当は身体を休めないといけないが、そんな時間は私にない。急いで思い出を見る必要がある気がした。

炒飯を食べ終わると私は片付けをして、早速タンザナイトのネックレスに触る。


ゆっくりと思い出は見えてくる。婚約してからの二人は良い雰囲気で過ぎていく。

けれど、一瞬だけ映し出された井川の表情に私は胸がざわついた。

井川は手紙を開けており、表情を曇らせる。その手紙に原因があるのではないかとすら思えてきた。思い出は切り替った。


今度は二人で車に乗っている場面だった。りょうはこの上なく幸せそうだったが、それとは対照的に井川は少し暗い表情に見えた。

「緊張しているの?」

「う、うん」

来美くるみのこと、うちの両親は絶対気に入るよ。俺が保証するよ」

「頼もしい」

どうやら、今から二人は諒の両親に会いに行くらしい。

諒を生涯のパートナーとしていく覚悟を決めた表情だった。

「大丈夫だよ、俺がいるから」

井川を力づける諒の声色は暖かかった。諒にとっての井川は大事な存在だったのだろう。

井川はそんな諒に申し訳なさそうな苦しい表情を一瞬見せた。

けれど、それは運転している諒には見えなかった。私はそれが先ほど見えた手紙に原因があるように思えた。

思い出は再び、切り替っていく。今度は井川が諒に向かって別れ話をしている場面だ。


「ごめんなさい。私はやっぱ諒君と結婚できないよ」

井川は諒から貰ったタンザナイトの入った箱を返す。諒はあまりのショックで口を半開きにする。

「え?なんで?」

「それは。教えられないよ」

諒は納得のいかない表情を浮かべている。

肝心な理由を見つけられないまま、この思い出にきてしまった。

井川が諒と結婚しない、あるいはできない理由を私は見つけられないのだろうか。

「教えられないってどうして?」

「どうして?そうね。どうしても」

井川の表情から切実なものに思えた。

勝手ながらの想像にしか過ぎないが、諒の両親に会う前に貰った手紙に原因があるのではないかと思った。

「二人でさ、子供を沢山作って明るい家庭を作ろうって話したじゃん」

「そうだね。約束したよ。でもね」

井川の表情はさらに曇ってくる。

あまり考えたくはないが、井川は女性特有の病気にかかっているのかと思えてきた。

その手紙が検査結果と取ら得ることもできる。婦人科系の病あるいは。

「ごめん。その約束を守ることできない」

「どうして?」

「どうしても。あと、もう、会えない」

「は?どうして?」

理由も言わずにいきなり別れてくれといわれたら誰しも納得はいかないだろう。

井川は理由を言いたくないような様子だった。

「どうしても」

「解ったよ、納得言っていないけどさ。念のために聞くけど、前の彼」

「違うよ!それだけは、違うよ」

井川は強い口調だった。真学が原因じゃないことだけは確からしい。

それはある意味でよかったようにも思える。

「そうか、納得いかないけどさ。俺はさ、ずっと来美が好きだよ。でも、人の気持ちは解らない。けれど、俺の気持ちは変わらないから」

諒は今にも泣きそうな顔だったが、声を震わせながらもしっかりと言った。

井川の表情は苦しさを漂わせていた。本心では別れを言いたくない。

そんな感情が見えた。


タンザナイトの夕暮れ時(中) 8(19) 了

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