タンザナイトの夕暮れ時(中) 7(18)
森本が居なくなった後、
「いかがなさいましたか?」
「あ。いや、川本さんと森本さんって付き合っているんだろうなと思って。名前で呼んでいましたし」
「気付かれましたか。実は付き合っています。森本との交際はそんな長くないのですけどね」
「ご結婚されるんですか?」
「どうなんでしょう。私は彼を愛しています。森本も同じ気持ちだと思っています」
「そうですか。何か宝飾店の店主と警察官って何か素敵ですね。羨ましいな」
諒の言葉は心からの言葉のような気がした。諒の切なる思いが見えて、私は胸が苦しくなった。
「俺は。あ、すいません。俺も前を向かないといけないなって。でも、違う人ととか考えてもやっぱり来美のことが思い浮かんで」
「忘れられないですよね。真剣な思いほど、忘れることはできません。私も様々な人の過去を見てきました。無念にも散っていく思いもありました。無理に忘れなくもいいんですよ」
「ありがとうございます」
諒の表情は今日、ここに来たときよりも穏やかになっていた。
諒にとってここに来たことが良い方向になって安心した。
井川にとっての諒はどんな存在だったのだろうか。心を通わせた恋人同士だったと私は思った。
「川本さん。長居してしまってすいません」
「あ。いいえ。大丈夫ですよ」
「これで失礼しますね」
「また着てくださいね」
「はい」
諒は私に一礼をすると、店を出て行く。
時刻を見ると、午前11時になっていた。ティーカップと、店の内部の掃除を終えると、私は看板を【営業中】に変えた。
12月はクリスマスのためのプレゼント選びのお客さんが多い。
今日もそんなお客さんばかりだった。クリスマスにロマンチックにプロポーズをする人も多いだろう。そうやって一日を終えた。
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一日の業務を終えて、家に着くなり私は急いで手を洗う。
タンザナイトのネックレスを机に置き、私は両手に手袋をする。私は一息、深呼吸をすると、タンザナイトのネックレスに触れる。
いつも通り、思い出はゆっくりと見てくる。
二人がどこかの高級レストランらしき場所で食事をしている場面だった。諒と井川の距離感は先日の時より、近まっている。
井川の表情がとても良い。諒は井川を愛しい目で見ている。
「来美。今日はありがとうね」
「私のほうこそ。諒のおかげでいつも楽しいよ。もっと一緒に居たいと私も思うよ」
「いや、来美からそんな真っ直ぐな気持ちを言われると照れるなぁ」
諒は本当に照れているように見えた。本当に諒は井川を愛しているようだ。井川もまんざらではないようだ。
「あのさ。俺と結婚をしてほしい。付き合ってまだ三ヶ月とかだけど、俺は来美と供に生きたいと思う。今すぐ結婚とかじゃなくて、婚約みたいな感じで。これ、タンザナイトのネックレスだ。受け取ってほしい」
諒は私に預けたタンザナイトを渡した。井川はその綺麗さに
「諒くん。本当に私でいいの?」
「来美でじゃなくて、来美がいい」
「諒くん………」
井川はすごく嬉しそうだった。諒も自分のプロポーズが上手くいったのを確信しているようにも見えた。
「うん。ありがとう。私、諒くんと結婚する」
「ありがとう!!!来美」
諒は来美の手を握る。井川も嬉しくて涙を流していた。
けれど、井川の心の底には何かが浮かんでいるようにも思えた。諒はそれに気付くまでもなく、来美の手をしっかりと握っていた。
やはり、一度、プロポーズを承諾していたようだった。
井川が諒との結婚を拒んだ理由まではまだ思い出を見る必要があるようだった。
私は次第に立ちくらみがしてきて、タンザナイトのネックレスから手を離した。
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タンザナイトの夕暮れ時(中) 7(18) 了
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