タンザナイトの夕暮れ時(中) 6(17)
私は電話を終えると、開店の準備を再開する。
記憶を失うのは恐いが、何もせずにいるほうがもっとも最悪の事態だ。
開店すると同時に
「おはようございます、川本さん」
「藤川様。今日はどうしましたか?」
「いや、何となく、お話できたらなって思って」
「左様でございますか。今お客様がいらっしゃらないので、少し準備中にしますね」
「色々すいません」
諒は私の顔を見て落ち着いたように見えた。
諒は少しだけやつれていた。その様子は仕事の疲労と、精神的なものが原因だろう。
私は看板を準備中に変える。諒を席に座らせて、私はお茶を入れて持っていく。
「どうぞ」
「あ。すいません」
「藤川様はお疲れの様子ですが、大丈夫ですか?」
「今、少し休みを貰っていて。主に精神的疲れのほうが酷くって」
言葉を発する諒の顔には疲れがにじんでいた。諒の心が晴れるには井川が結婚を拒む理由を知ればいいのだろう。私は諒が可哀相に思えてきた。
「まだ思い出を見れていなくてすいません」
「いいえ。俺は単純に、今の状況を知っている人と話をしたかっただけなので圧力をかけてしまってすいません」
「私にできることがあったら、言ってくださいね」
「ありがとうございます」
諒は涙目だった。私は諒にお茶をすすめた。諒はそれを一気飲みする。
井川が諒と結婚しない理由は益々解らない。諒に原因があるようにも到底思えない。
「川本さん。俺と来美は結構、上手くいっていたと思うんです。それは俺の勘違いだったのかと、今は思えて。デートしたり、色々な話をしていて気が合っていたと思うんですよ」
「そうですか。お二人にどんなご事情があったのか解らないですが、今のところ、藤川様が原因ではないと私は思います」
私はお店の玄関口のほうで人の気配を感じた。それは見覚えのある姿で、森本かと思った。
私は諒に「少し、玄関のほうに誰かいますので見てきますね」と伝え、玄関に向かった。玄関を開けると、森本が居た。
「ヒカル。どうしたの?」
「あ、いや、その。そいつ、誰だ?」
森本は諒を見て警戒する。睨みつけらた諒は萎縮し、少し怯えた。
「あれだよ。思い出の依頼をしてきた人だよ」
「思い出?ああ。あれか。すまん。疑って」
「いいよ。気にしないで。こちら、依頼者の藤川諒さん」
私は森本に諒を紹介する。諒は会釈をし、森本は申し訳ない表情を浮かべて挨拶をする。
「疑って申し訳ございません。私は警視庁捜査一課の森本ヒカルです」
「刑事さんなんですか、うわぁ。すごい」
諒は本当に驚いていた。刑事に頻繁に会うことなどないから当然の反応だ。
森本の諒への反応は少しだけ驚いている。それは諒のガタイが良すぎるからだ。
「いえ。私なんかはぺぇぺえなんで。いつも川本さんに助けられてもらっていて」
「でも三十代くらいで刑事さんってカッコイイですね。しかも、森本さんって何か顔もかっこいいですね」
「そうですかね。いや、何か照れますね」
森本は本当に照れているように見えた。諒は素直に思ったことを口にするタイプのようだ。
それも純粋なものだからこそ、心捉えるようにも思えた。やはり、年上に好かれるタイプだ。
「あの、やっぱ殺人現場に行きますよね?一番、ドきつかったのって何ですか?あと、情報得るために、マスコミとかと仲良くしたりするんですか?」
諒は興味津々で森本に駆け寄る。森本はガタイのいい諒に少し押されているように見えた。
いつも人を威圧している森本が、押されている。新鮮すぎて面白かった。私は思わず笑う。
「おい、笑うなよ。藤川さんだっけ?殺人現場は結構キツイものだよ。あと、マスコミと懇意な関係になることはある。そのおかげで苦い思いすることもあったり」
森本は稲崎とのことを思い出しているのだろう。発する言葉に重みを感じた。
「そうなんですね。刑事さんって大変なんですね」
「どの仕事にも言えることかと思います。楽な仕事はないですよ」
「ああ。それは俺も思います。森本さんとは仲良くなれそうです」
諒は爽やかな笑顔だった。森本は諒への警戒心をすっかりなくしているように見えて、面白かった。
森本は私が笑っているのを不服に思って睨む。
「ごめんごめん」
「笑ってんじゃねぇよ」
「だって面白くって」
「面白くねぇよ」
冷やかされた森本が照れくさそうにする。けれど、嬉しそうにも見えた。少しだけ三人で話をし、森本は呼び出しが掛かり仕事に向かって行った。
タンザナイトの夕暮れ時(中) 6(17) 了
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