アメジストの涙 (中) 2
ゆっくりと見えてきた思い出は、江波が母親の実家で、過ごしている様子だ。
父親とともに暮らしていたときよりも元気で、私は安心した。
江波の母親と江波が居間で、お茶を飲んでいる。江波の祖父母は外出しているようだ。
江波の母親が言う。
「リリカ。あれから学校は大丈夫?」
「うん。大丈夫だよ。前に来てくれた川本さんいるでしょう?あの子が助けてくれた」
「そう。良かった」
江波が私のことを話していて、嬉しくなった。
江波はお茶が飲み終わると、ビーズでバッチを作り始める。
「それ。誰かにあげるの?」
「川本さん」
「そう」
江波の母親は穏やかに笑った。インターフォンが鳴る。
母親は「ちょっと出てくるわね」と言い、玄関に向かう。
しばらくすると、母親が戻ってくる。
「郵便局の書留だったわ」
「何か着てた?」
「ちょっと確認するわ」
江波の母親は郵便物を確認する。保険に関する書類が書留できたらしい。
他には電気料金などの支払い確認の連絡通知、ダイレクトメールなどだった。
その中に、白い一通の手紙を見つける。それは江波の父親だった。
「主人から手紙着ている」
母親は小さく言った。母親の表情が険しくなる。
「お父さんから?」
「開けてみるわ」
母親は父親からの手紙を開封した。そこに何が書かれていたのだろうか。母親は青ざめ、少し震えた。
「どうしたの?お母さん」
「見ないほうがいいわ。どうしましょう。警察に」
母親は混乱している。
私はその手紙に書かれている内容が酷いものだと予測がついた。
「私にも見せて、お母さん」
「ダメよ。ダメ」
母親は江波に手紙を見せないように取り上げる。それでも江波は見ようと、手を伸ばす。
「見ないほうがいい」
「なんで。お母さん、私は大丈夫だよ」
江波は母親から手紙を取った。江波はそれを見た。表情が見る見る恐怖に染まっていく。
「なに、これ」
「あの人は、そういう人だったのよ」
一体、何が書いてあったのだろうか。酷いことだろう。
手紙の内容が見えてきた。
【
【お前たちをどれだけ私が思っていたか知っているか。それなに解らない。あとから考えた。私は虐待じゃない。お前たちを思っていた。それなにのに……。
私は会社で降格されたよ。お前たちの所為だ。私は絶対お前たちを許さない。殺す】
書きなぐられた文面は、恐さを感じた。怒り、憎しみの感情がうずいている。
【殺す】。これは脅迫状だ。
「お母さん。一回、お父さんと話したほうが良くない?」
「そうね。明日連絡するわ」
そこで思い出は見えなくなった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
私は貰ったバッチをポケットに仕舞う。
「ねぇ。大丈夫?」
私は江波に聞く。江波は微笑んだ。
「心配してくれて、ありがとう。大丈夫だよ」
「本当に、本当に大丈夫?」
「大げさだな。大丈夫だよ。今夜、三人で話会うことになったからさ」
私は嫌な予感がした。いくら、父親でも恐い手紙を
「お父さんに会って大丈夫なの?」
「大げさだよ。川本さん。でも、ありがとう」
江波は綺麗に微笑んだ。これが江波の最後の笑顔だった。
その日、学校から帰ると、母親の
いつも母親が作ると、失敗している。けれど、その日は成功した。
「リカコ!珍しくアップルパイ上手く焼けたよ!」
母親は興奮気味に言った。
「うゎ。珍しいね。何か起こるんじゃない?」
「変なこと言わないの。あ、そうだ。リカコ、これ、江波さんにも持って行ったら?」
「そうだね。あと、アメジストのレプリカのネックレス、凄く気に入っていたよ。学校以外は、お出かけに着けてくれてるらしいよ」
「本当?それは良かったわ」
母親はアップルパイを切る。アップルパイの香ばしいにおいが部屋に充満した。
私は幸せな気持ちでその日を過ごした。
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次の日の朝、学校の支度をしていると、母親の表情が強張っていた。
「どうしたの?」
「ねぇ。間違いじゃないわよね」
「は?」
母親は新聞の記事を私に見せてきた。新聞には、火事の記事が出ていた。
【2005年10月16日 午前3時ごろ。三島重雄(69)さん宅で、何者かが侵入し、眠っていた
江波の名前だ。同姓同名の間違いであってほしい。私は願った。
「同姓同名ってこともあるじゃん?」
「江波さんって梨々香さんでしょう?確か、実家に行ってるって。つまりは実家でって」
「まだ解らないじゃん!」
私は声を荒げた。まだ同姓同名なだけだと思いたかった。
「大丈夫?」
母親は私を心配した。
「おう。どうした?リカコ、由希子」
父親の十次郎が言った。父親は起きたばかりだったようだ。
「何でもないよ。お父さん。ごめん。お母さん。学校行く」
「行ってらっしゃい」
母親は複雑な表情で、私を見た。母親に背を向けて、家を出た。
私は新聞の報道が間違いであってほしいと思いながら、学校に向かう。
私があの時に止めていたらどうだったのだろうか。
江波は刺されずに済んだかもしれない。
そう思うと苦しくなった。
学校に近づけば近づくほど、江波の事件を噂する声が聞こえてくる。
「うちの学校の生徒が事件に巻き込まれたって」
「マジ?こわい」
「あの子、確か虐待されていたって言う」
「結構可愛かった子だよね。うわぁ。可哀相」
「目立っていたよね」
私は嫌な気分になってくる。
より一層、校舎や公共の学校のものに触れないようにしようと心に誓った。
自分のロッカーに長く触れないようにさっさと上履きを出し、履く。
そのまま、一目散に教室に向かう。
適当に「おはようございます」といいながら、教室に入る。
自分の席を見つけると勢い良く、座った。
案の定、教室内では江波の話で持ちきりだ。
江波の事件を知らない者などいないような状況だ。
全校生徒が江波の事件を知っているように思えた。
私に気づいた笹山が近づいてくる。笹山はこの世の終わりを見たような表情を浮かべていた。現実に心がなく、目には何も写していない。泣きすぎて目が腫れている。
「川本さん。おはよう」
「おはよう。だい……大丈夫?」
「……梨々香が」
笹山はうわ言のように言った。笹山は涙を流す。私は笹山にハンカチを差し出した。それを受け取ると涙を拭く。
「入院先ってわかる?」
私は笹山に聞く。笹山は首を横に振る。
「入院先は……知らない。多分、先生なら知っているかもしれない」
「そうか。昨日さ、江波さんがお父さんに会うとか言っていた。その時に何かあったのかも」
「……梨々香のお父さん酷い………」
私は笹山の背中をさすった。笹山は涙を流す。
私は江波に何が遭ったのか、思い出を見なくてはいけないと思った。
「あとで、先生に江波さんの入院している病院が何処か聞こう」
「……うん」
私と笹山は一緒に江波の入院している病院に行くことにした。集中治療室で面会することは難しいかもしれない。
私はその時でも、その後でもいいから、江波に何が遭ったのか事件当日の物に触れて過去を見なければいけない。その見たものを警察に連絡する。
私が江波に出来ることはそれくらいだ。
江波が刺される瞬間を見るのは辛い。
本当は事件に巻き込まれた持ち主の思い出を見たくない。
けれど、【物に触れると過去が見える】が出来る最大限のことだ。
私が【見た過去】の内容を警察に言ったからってどうにかなるわけでもない。
解っている。けれど、私はそれをやらなければいけない。心の中で強く思った。
アメジストの涙(中) 2 (了)
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