ラピスラズリの復讐 (中) 2

私は再び、ラピスラズリの青いピアスに触る。


ゆっくりと見えてきた。 白井しらい由加子ゆかこは母親からラピスラズリのピアスを貰うと、嬉しそうにする。

由加子はこの時、二十歳だろう。

「お母さんは由加子が退院できて、本当に良かったよ」

「心配かけて、ごめん」

由加子は母親の手を握る。母親は涙ぐんでいた。

「いいの。由加子が元気なのが本当に嬉しい。これからのことはゆっくり考えよう」

「うん」

富田との一件があり、精神を病んだ由加子。 精神病院に三年は入院していたのだろう。精神の病は治るのが難しい。 特に性的なことが原因だと苦しいのではないか。

私は由加子を思うと苦しくなった。それでも由加子に何が遭ったのか見届けたいと思った。


場面は切り替わる。今度は由加子が両親を説得していた。


必死の説得に母親は泣いていた。由加子は整形をしたがっている。

「お母さん。私、整形したいの。このままだと、ずっとあの過去のままな気がするの」

「どうして。こんなに美人なのに何が不満なの。お母さんの顔が気に入らなかったの」

母親は泣きわめいている。

父親は由加子の必死の説得に困惑しつつも、理解しようとしていた。

「お前が。お前が整形することで、幸せに生きていけるなら私は止めない」

「ちょっと、あなた!何言っているの?顔にメスを入れるってことは痛い思いをするのよ?」

母親は父親に向かって声を荒げている。

「仕方ないだろう。精神が壊れたときのことを思えば。それで由加子が幸せになるなら。私はお前の幸せを祈っているよ」

父親は由加子の整形を承諾した。

「ありがとう、お父さん」

由加子は涙を浮かべて感謝を述べた。

あの美しかった由加子は顔を変えていたのか。 私はなんだか辛くなってきた。

私の胸の痛みとは裏腹に、場面は再び切り替わった。今度は整形が終わり、何処かに就職が決まったようだ。整形手術は成功したらしい。

更には、普通の人のように仕事が出来るまで、回復に重ねて嬉しくなった。

母親が由加子を祝っている。


「おめでとう。大手の井澤いざわ商事の受付嬢になるとはね。わが娘の誇り」

整形した由加子が母親に笑いかける。整形した由加子は全くの別人だった。

けれども、整形しても美しいには変わりなかった。

「大げさだよ。でも、どうしても伊澤商事に就職したかったんだ」

由加子はどうしても、伊澤商事に就職したかったらしい。私は何故、就職したかったのか。 私はその意味を後々知るのだった。


私は祈る気持ちで由加子の幸せを願う。

このラピスラズリの持ち主が無事であることを願った。むなしい願いだ。

森本がはっきりと【被害者の遺留品】と言っていたからだ。


私は苦しくなり、再び、ラピスラズリのピアスから手を離す。 森本は私を心配する。


「大丈夫か?額に汗かいているぞ」

「ううん。ちょっと休憩していい?」

「ああ。解った。俺、いないほうがいい?」

森本は席を外そうとした。

「大丈夫。ちょっとコーヒー持ってくるから待ってて」

私は店の奥の給湯室に向かう。

ポットにはお湯があり、それをカップに注ぐ。 インスタントコーヒーを入れて、かき混ぜる。だんだん落ち着いてきた。

私はお盆にコーヒーを二つ置き、森本のいる店の玄関に戻る。

「お待たせ」

「おう。本当、ごめん」

森本は頭を下げてきた。

「いいよ。それが私の役目だから。ところで、被害者の由加子はなんで死んだの?」

「実は犯人が死んでいて、どう死んだのか。殺されたには変わりないんだ。ただちょっと」

森本は言い難そうだった。事態は結構深刻なのだろうか。私は嫌な気分になる。

「ちょっとって?」

「あのその。白井由加子の遺体であったことも、確証が持てないんだ」

「確証が持てない?どういうこと?由加子は生きているの?」

私は混乱してきた。森本は私の動揺具合に、驚く。

「落ち着け。いいから、落ち着いてくれ。白井の家族にも遺体は確認してもらった。彼女に変わりはないって。でも、何となく腑に落ちなくて。行方不明になっている女性がいるんだ」

「どういうこと?」

森本が何を言いたいのか解らなかった。

「だからその女性と入れ替わったのかなと」

「入れ替わった?」

私はミステリ小説のような出来事に、驚くしかなかった。

「誰と入れ替わったの?」

「誰とはまだ断定できていなんだ。それも見てほしい」

私は頭が混乱する。入れ替わる?どうやって?

「ただ他にも気がかりが」

「ただ?なに勿体ぶっているの?」

「落ち着いて聞いてくれ。顔がつぶれていたんだ」

「つぶれていた……?」

私は目の前が真っ暗になった。

あんなに大変な思いをした由加子の最後は、悲惨なものだったのか。

「……う…うそ」

「だから、それをお前に確かめてほしい。お前にとって精神的苦痛が凄いのは解っている。お願いします」

森本は私に再び頭を下げた。

私はくうを見つめる。由加子は顔を潰されて殺された?

どういうこと。私は自然と涙が出てきた。

嗚咽をし、声を出して泣いた。

森本は困惑する。私の背中をなでた。

「辛いよな。本当に」

「由加子は。由加子はどうして………」

「今日はもう止めたほうがいいか。俺、引き返すよ。お前の心が整ったらまた連絡してくれ。近いうちが望ましい」

私は泣きながら、首を縦に振る。

森本はラピスラズリのピアスを丁寧に、ジッパーのビニール袋に仕舞う。

森本は店を出て、帰って行った。


森本が居なくなった後、私は店の片づけを始める。

いくら悲しくても辛くても、やらないといけないことがある。

私は両親が死んでから多少、強くなった。

けれど、高校時代の友人の衝撃的な死にどう向き合ったらいいか、解らなかった。


ラピスラズリの復讐(中)(了)

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