トパーズの憂鬱 (下) 8


 美砂子と由利亜が遊作の家にいる場面だった。

 美砂子の表情は明るく、本当の幸せを手に入れたように見えた。

 もう遊作と再婚し、新しい生活を始めたのか。それは解らない。

 美砂子と遊作がこれからのことを話している。遊作は真剣な表情で言う。


「美砂子。俺は散々、お前と由利亜を傷つけたと思う。それでも俺とこうして一緒に暮らしてくれるだけでも嬉しい。だから、俺と結婚してくれ。勿論、離婚したばかりで、難しいのは解る。けど、数日暮らしてみて、俺と美砂子、由利亜でやっていけると思うんだ」


 美砂子は遊作の言葉をかみ締めるように涙を流した。遊作は美砂子が泣いたことで、少し焦る。


「え?いやだった?」

「うんうん。そうじゃない。嬉しくて」

「よかった」


 遊作は胸をなでおろした。美砂子は遊作の様子に少し笑う。遊作は笑われて、恥ずかしそうにする。

 これで晴れて幸せになる美砂子。

 思い出がここで終わってくれたら、どんなに楽だろう。


 そんな願いも叶わず、思い出は再び、切り替った。


 美砂子と由利亜が遊作と正式に家族になった。

 幸せそうな瞬間が思い出からあふれている。


 けれど、それをぶち壊すかのように不穏な空気が見えてくる。

 どこかのショッピングモールの階段で、客がざわついている。

 その視線の行く先は美砂子と、階段の上にいる人物に向けられていた。


「っ………」


 美砂子は階段の下の地べたに尻餅をついている。

 美砂子は痛そうにしていた。

 美砂子は階段の上を見上げ、徐々に顔を青ざめた。

 何を見たのだろうか。美砂子が見たのは、階段の上にいる鬼のような形相をした澤地さわじ亮子りょうこだった。

 外見がかなり変わっていたが、澤地に違いなかった。

 目は焦点が合っておらず、何かうなっている。澤地は美砂子に向かって言う。


「アンタのせいで、上手くいかなかった!アンタのせいで」


 澤地は美砂子に向かって、階段を降りていく。

 周辺に居たお客さんは、慌てて、澤地を取り押さえる。


澤地を取り押さえた人が「この人、下の女性を突き落とした人ですっ」と大声で言った。


「煩いっ。黙れ、外野。あの時、この女、殺しておけば良かったぁぁあ」


 澤地は金切り声を上げて、暴れる。四人かかりで、澤地は取り押さえられた。

 美砂子は言葉を失い、ただ震えた。

 和義と結婚していた時の嫌がらせの数々は、澤地亮子がやっていたようだ。

 改めて、澤地の執念深さに寒気がした。

 更には、美砂子と遊作がよりを戻したことで、今度は隠れずに直接行動に移してきた。

 警察がやってきて、澤地は引き渡された。澤地は叫ぶ。


「あの売女ばいたのせいで、遊作は!私の遊作は!許さない。許さない!」


 ジタバタと暴れていた。美砂子は震え、涙を流した。近くにいた女性客が美砂子を支えた。

 警察官が美砂子に言う。


「お怪我はありませんか?」

「大丈夫です」

「事件のお話はお伺いできますでしょうか?」

「すいません。ちょっと今は……無理です」


 美砂子はとても話が出来る状況じゃなかった。警察官はその様子を理解した。


「解りました。では、後日、警察署に来てください。では、こちらに記入をお願いします」

「解りました」


 美砂子は放心状態の中、懸命に連絡先を記入した。

 幸い、美砂子は怪我をしないで済んだ。

 しかし、美砂子の精神は崩壊に向かいそうな感じがした。

 私は心配になってきた。


 美砂子は家に帰ると、由利亜が泣いていた。

 美砂子は無表情で、手を洗い、由利亜のベッドに向かう。

 由利亜は母親の美砂子の姿が見えて、安心したのか泣き止む。

 美砂子は由利亜に笑いかけるが、その表情に心が無い。無言で、オムツを変えた。


 美砂子はオムツを変え終わると、買い物した品を放置し、ぼんやりとソファーに座る。

 家の電話が鳴り、美砂子はそれに気付くも耳をふさぎ、怯えた。

 電話はなり続け、留守番電話が起動した。


【美砂子か。俺だ。和義。新居に電話するのもあれだから、中々、連絡できなかった。ごめん。言いにくいのだけど、あの、ほら。嫌がらせの盗聴器あったろ?あの犯人がわかった。連絡くれ。それについて話したい】


 電話が切れた。美砂子は口を押さえて、涙を流した。

 嗚咽おえつする声が響き、その声に連動するかのように由利亜が泣き始めた。

 その声は大きく、聞きつけた近所の女性がやってくる。


「叶井さん?どうしたんですか?大丈夫ですか?」


 ドア越しから聞こえた声に、美砂子は正気を取り戻す。

 美砂子は自分がしっかりと、由利亜を守らなくてはいけないと思った。


「すいません。お騒がせして。大丈夫です」


 美砂子はドア越しに言った。


「そうですか。じゃあ、失礼します」


 女性はその場を立ち去った。美砂子は由利亜のベッドに向かう。

 泣き叫ぶ由利亜をあやす。


「よしよし。お母さん、大変なことばっかで今日は疲れたよ。由利亜はお母さんの味方だよね」


 由利亜は泣き止み、「きゃきゃっ」と返事をするかのように笑った。

 美砂子は由利亜を抱きしめた。

 美砂子は電話の子機を取り出すと、着信履歴から和義に電話を掛ける。


「和義?さっきは電話ありがとう。犯人についてだけど」


 盗聴器の犯人は一体、誰だったのだろう。嫌がらせの犯人が澤地さわじ亮子りょうこ。盗聴器をつけたのは別の人物の仕業だったらしい。

 私は息を飲んだ。



トパーズの憂鬱 (下) 8 了

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