トパーズの憂鬱 (下) 7
ゆっくりと見えてきた思い出は、美砂子と和義が居間で話をしている場面だった。
恐らく美砂子が文芽の家に泊まった日から、数日が経過したぐらいだろう。
美砂子と和義は向かい合っているが、空気が重い気がした。
和義が言う。
「俺と別れて、どうするの?俺は美砂子と別れたくない。美砂子が一人で、由利亜を育てられるのか?」
「……解らない。けど、ごめん。もう、私、和義とは暮らせない」
美砂子が【離婚】を切り出したらしい。
和義は美砂子のはっきりとした言葉を耳にし、言葉を失う。
和義は唇をかみ締める。美砂子が続けて言う。
「和義には感謝している。遊作と別れて、辛かったとき、支えてくれたし。こんな私でも結婚してくれて、一緒に暮らしてくれた」
「でも、愛していなかったってことだよな?」
和義は下を向いて言った。
美砂子は和義から向けられた言葉に、一瞬、止まる。
美砂子は黙ってしまった。和義は美砂子が何も言ってくれないことに震えた。
美砂子は口を開く。
「それは違うよ。愛していたよ。でも、本当の愛に出来なかったんだと思う」
「美砂子が何時からか俺と一緒に寝なくなったあたりから解っていた。俺も強情だったと思う。嫌がらせされたとき、真っ先に俺を頼ってくれなくて、文芽さんを頼ったのも悔しくって」
和義は涙が出そうになるのを堪えていた。美砂子はそんな和義をまっすぐに見れず、目を反らす。
和義は続ける。
「だから、俺が美砂子を守るんだって思っていた。だから、叶井と連絡取り合っていることを知って激しく嫉妬した。でも、美砂子に叶井への思いがあることを知ってしまった。それに気付いたら俺って何だろうって本当。自分でも解らなくって、恐い思いをさせたと思う。ごめん」
和義は美砂子に頭を下げた。和義の声は震え、目から涙が出ていた。美砂子は和義を哀れむ目で見つめた。美砂子は和義の肩を優しく触る。
「もう、いいよ。気にしないで。私も和義を利用していたものだから、お互い様だよ。顔を上げて」
「……だから、美砂子は叶井とやり直すべきだと思う」
和義は震えながらも、しっかりとした口調で言った。
和義はきっと今の言葉を言うのが凄く大変だったと思う。一度、美砂子と由利亜を捨てた男、
和義にとっては憎き存在。美砂子の本当に必要な人が遊作だと気付いてしまった。
好きな人の幸せを願う、その為に、和義は自分が身を引くべきだと思ったのだろう。
「え。どうして」
美砂子は和義の思っていなかった言葉に、少し驚く。
「美砂子が本当に愛していたのは、叶井だと思う。連絡取っているんだろう?由利亜にとってもいいと思う」
「……ありがとう。でも、遊作はどう思っているか」
「大丈夫だって。きっと」
「そうかな」
和義は涙を拭い、美砂子に笑いかけた。和義は美砂子の手を取って、椅子から立ち上がらせる。
美砂子は和義の言うとおりに立ち上がった。
和義は美砂子の手を引き、自分のほうに抱き寄せた。和義は美砂子をそのまま、抱きしめた。
「美砂子なら大丈夫。俺が愛した人だから」
「……和義」
「ありがとう。俺が出て行くよ。離婚届けは後日、送る。あと、養育費。あまり多くは出せないかもしれない。けど、送るよ」
「え。いいよ、そんな。私が出て行くよ。それに養育費だって」
美砂子は和義の提案を慌てて、断る。
「美砂子は生活費の宛てあるのか?あったとしてもいいや、俺がしたいんだ。どうしても」
「ないけど。こんなにしてもらったら」
美砂子は和義に申し訳なさを感じる。
「気にするな。俺は見返りを求めるているんじゃない。俺がそうしたいからなんだ。受け取ってくれ」
「いいけど、どうして?和義の本当の子供じゃないし、離婚したら他人だよ?」
「そうじゃないんだよ。だって、美砂子も由利亜も一時でも心通わせた家族だと俺は思っていたからだよ」
私が思っていたより、和義はまっすぐな人だったのかもしれない。
ただ不器用なだけで、本当は一途で心の優しい人だったのだろう。
「ありがとう。和義」
「どういたしまして」
和義は美砂子を体から剥がした。和義は美砂子に微笑んだ。その笑顔はすっきりとしたものだった。
和義は素敵な人だった。ただ、その魅力が美砂子にしっかりと伝わっていたら、結末は違っていたのだろう。
美砂子にとって必要だったのは遊作だった。
人の心は上手くいかないものだ。
こうして美砂子と和義は離婚した。
美砂子と由利亜がマンションに住み、和義は引越し先が決まるまで、ビジネスホテルに泊まり込む。
このまま、これで静かに終わればいいのに。思い出は容赦なく切り替る。
トパーズの憂鬱 (下) 7 了
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