琥珀の慟哭(下) 45 (75)

タクシーはビルの一角の前に止まる。


「お客さん。ここでいいですか?」

「あ、ええ。ここで。これでお願いします」


 華子はクレジットカードを取り出し、それを運転手に渡す。運転手はカードを通し、料金を精算した。


「2580円ね。これが領収書と、カード。ありがとうございました」

「ええ。ありがとう」


 華子はタクシーを降りた。ビルの玄関口まで行くと、誰の気配もない。築何年かわかりがたいが、新しくはない。かび臭さがしそうな勢いだ。華子はビルの中に入ってく。

 華子を呼び出した人物に言われた場所らしい。

 ビルには誰かの人の気配もない。きっと、人を寄せ付けないようにしているのかもしれない。

 比較的、新しいビルで誰も使っていないわけでもなさそうだった。テナントに何件かの社名が見えた。

 休業中らしく、人気はない。人を追い払っているのか。

 物音一つもしないビルには、誰もいない。華子はエレベーターを待ち、それに乗る。

 何処に指定された場所に行くのだろう。

 エレベーターは七階に着く。華子はエレベーターを降りると、指定された部屋のドアを開けた。

 そこには磯貝が縛られた状態で座っていた。


「華子さんですか。なぜ、こんなところに」

「そういう貴方こそ、どうしたのです?」

「いやあ。実は俺が下請けを頼んだ白鳥という人に呼ばれて、ここに来たらこんなことに。あ、丁度良かった。解いてくれませんか?助けを呼んでも誰も来なくて」

「そうなの?解ったわ」


 華子は磯貝に言われるまま、磯貝を縛っている紐を解き始める。


「しっかし、厄介なことになりました。ビジネスというのは途中で取り止めになることだってあるのに」


 紐が解き終わりそうになったとき、華子は誰かに手を掴まれた。華子が見上げると、女性だった。


「あなたは?」

「華子さん、危ない!」


 磯貝の制止も虚しく、華子は女性に首元を叩かれた。

 華子はそのまま、横たわった。この女性は一体誰なのだろう。恐らくは華子を脅してきた人物なのだろう。


 思い出はゆっくりと切り替った。ゆっくりと見えてきたのは、華子と磯貝が椅子に縛られた状態で、並んでいた。


「どんな気分ですか?」

 

 華子を殴った女性が聞く。


「そうね。最低な気分ね。あなた誰?」

「私ですか?そうですね。あなたが思うような人間です」

「というと?」

桐谷きりたに美織みおりについて話しましたよね?それの子供です」


 華子は目を見張る。磯貝は二人の顔を交互に見た。


「え?知り合いなの?宮城さんと知り合い??」

「ええ。磯貝さん。私の名前は宮城美佐代。宮城って聞いたことあるでしょう?」


 華子は二重に驚く。宮城は確か、華子の専属の運転手だったはず。


「どういうこと?運転手の宮城さんと関係あるの?」

「っふふふふふ。そうよ。宮城とは二十も離れている。けれど、夫婦なの」

「じゃあ、運転手の宮城さんは………」

「そう。あなたの情報を流していたのよ」


 華子は青ざめた。その表情は絶望の色を成していた。

 美佐代は嬉しそうに笑う。華子はそれを不愉快そうに見た。磯貝は二人の会話に割り込む。


「俺、関係なくないですか?なんで俺が巻き込まれなくちゃいけないんですかね」

「あなたは制裁を受けなくちゃいけないんですよ」

「え?俺はここに呼ばれただけじゃねぇか。は?」

「あなたは詐欺をやっていましたよね。あなたの被害者、たっくさん知っているんですよ?」


 華子は磯貝の顔を見つめた。磯貝は顔を青ざめる。心当たりがあるのだろうか、おろおろとしている。美佐代が言う。


「あなたは数多くの人に投資詐欺をしている。私の知り合いが騙されたってね。私としては友人を傷つけられた仕返ししないとね」

「ちょっと。おい。し、仕返しって」

「そうね」


 美佐代は華子と、磯貝の顔をゆっくりと見た。華子は美佐代を睨む。美佐代はわざとらしく笑う。


「おお。恐~い」

「恐いって。あなたのやっていることのが恐いわ。何がしたいのよ」

「そうね。あなたが私の母、美織とやったことを世間に公表するわ。それをやってほしくなかったなら、今すぐ、この磯貝を殺しなさい!」


 美佐代は華子の前にナイフを投げ落とす。ナイフが床に衝突する音はうるさいくらいになっていた。華子は美佐代を睨んだ。


「あなた、バカなの?殺人じゃない!付き合っていられないわ。やらない。やるならあなたがやりなさい」

「っははははは。そう言うと思っていましたよ。だから、手を打ってあります。ここにボタンがあるんですよ。このボダンを押せば、あなたの会社は爆破されます」

「はぁあ?意味解らない。適当なこと言わないで!」

「コレが適当かしら?」


 美佐代は小さな携帯型のモニターを取り出し、華子に見せる。それは会社のオフィスの画像だった。


琥珀の慟哭(下)45 了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る