琥珀の慟哭(下) 44 (74)

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 柿澤華子と楠田弘輝の事件の真相は、幕を閉じた。

 2018年の12月に入り、寒さが一層、厳しくなった。

 クリスマスまで三週間を切った商店街はいつになく、混雑をしているようだ。

 私は昼の時間から店を開けることにした。

 私は朝刊の見出しを見る。


【2018/12/05付】

【ビルオーナー殺傷事件、真犯人捕まる】

【2016年08月13日にビルオーナーの磯貝いそがい菊雄きくお(当時55歳)さんが殺害され、柿澤かきざわ華子はなこ(72歳)が殴打され意識重体になった事件で、容疑者とされた南田みなみだ弘一こういち(28)の冤罪が判明。南田による事情聴取と証言の末、真犯人が判明。警察は………】


 私が楠田の記事を確認していると、店の裏玄関のインターフォンが鳴った。

新聞を折り、玄関に向かう。

 インターフォンを確認すると、刑事の森本ヒカルだった。私は玄関の鍵を解錠し、ドアを開ける。


「おはよう。どうしたの?」

「いや、ちょっと顔を見たかったから」


 森本に会うのは一夜を供にして以来だった。少しだけ恥ずかしい。

 森本と目が合うと、彼は微笑を浮かべた。その表情は柔らかく見えた。私は店の中に入るように促す。

 森本は私の腕を掴むと自分に引き寄せ、そのまま強く抱きしめた。私はゆっくりと森本を抱き返した。

 微かに森本の香水の匂いが漂う。森本の心音が聞こえ、更に恥ずかしくなった。 

 しばらくすると、森本は自分の身体から引き剥がして私を見た。


「大丈夫そうだな」

「う……うん。もしかして、楠田のことで着たの?」

「……それもあるけど、お前の顔を見たかったからで」


 森本と心を通じ合ってから知ったが、彼は感情を隠さずに伝えてくる。

 私はそれが少しだけ慣れない。森本はそれを解っているのか、益々、お構いなしにスキンシップをしてくる。

 今も手を握られた。私は少しだけ森本から目を反らす。


「実は楠田の思い出を見た後、一週間くらい眠っていて記憶がない」

「はぁあ?それって大丈夫なのか?」

「……うーん。まあ、大丈夫でしょう。前のときもあったし」


 森本は私を再び、抱きしめた。今度は力が強く、押しのけることはできなかった。


「だ。大丈夫だって」

「いや、お前は無理をしている。何か遭ったら俺に連絡すると約束してくれ」

「……大げさだよ」


私は抱きしめてくる森本を剥がそうとするも、力を込められてしまう。


「……約束してくれ」

「わ、解ったから。放して」

「絶対だな」


顔は見えないが、森本の声色は真剣だった。私は森本が本当に心配してくれていると思えて、嬉しくなった。


「約束する」


森本は私から離れが、手はそのまま握られた。森本は私を見つめながら言う。


「お前は一人で抱え込む。俺がお前を支える」

「……ありがとう」

「俺だけが一方的にお前を好きみたいだな」


森本は私を見つめる。その視線に私は顔が赤くなった。これほどまで、思ってもらう資格が私にあるのだろうか。


「そんなことないよ。私も森本のこと、好きだよ」

「そうか、良かった。俺だけじゃないのか」

「そうだよ」


 私は森本の手を取る。森本は微笑んだ。その微笑はこれまでで一番綺麗に見えた。

 私は照れくさくなり、目を反らす。森本は私の手を握り肩を抱く。


「あの、えっと、楠田のことだけど」

「ああ。教えてくれ」

「あ。その前にお茶とかいる?」

「いい。このままで」


 森本は私の手を握ったまま、椅子に座る。私は向かいに座った。


「じゃあ、今から話すね」

「おう」


 私はゆっくりと、事件の詳細を話し始めた。


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 華子は運転手の宮城を連れずにビルに向かったようだ。タクシーに乗り込み、うつむいている。

 タクシーの運転手は華子の様相から、空気を読み、話をかけないでいるようだ。

 華子の表情は固い。当たり前だが、因縁の敵とも言える相手との対決で血が滾っているようにも見える。

 華子の生い立ちは壮絶だ。だからこそ、楠田の気持ちが解るのかもしれない。

 どうしようもない境遇の中、生きてきた者として見捨てることができないのだろう。

 華子は息を飲み、深呼吸をした。


琥珀の慟哭(下)44 了

 

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