琥珀の慟哭(中) 6 (17)


 次の日、私はいつも通り、目が覚めた。

 夢を見たような気がするが、何も思い出さなかった。

 疲れが溜まっているのかもしれない。顔を洗い、朝食の準備を始めた。テレビを着けると、ニュースがやっていた。


 天気予報が終わり、社会ニュースが放送している。

 殺人事件のニュースになり、南田みなみだ弘一こういち容疑者という言葉が流れてきた。

 私は思わず、調理を中断してテレビを見る。


【以前として、南田弘一容疑者(28)は黙秘もくひを続けております。死刑が確定したのですが、事件の解明には未だ難航なんこうしております】


 アナウンサーが読み上げる内容は特に新しいものはなかった。コメンテイターがアナウンサーに言う。


【そういえば、今、南田容疑者の弁護士が死刑に反対して、上告じょうこくしているって、あったよね?】

【南田容疑者自身は、死刑を受け入れているらしいです。しかし、異例の本人の意向によらない上告のようです】

【そんなことってあるの?】


 アナウンサーとコメンテイターがやり取りしている。

 楠田は死刑を受け入れているのか。私は正直、楠田が死刑を受け入れているように思えなかった。

 楠田と華子の思い出が見えてくれば、実像が見えてくるだろう。


 私が今、楠田と華子の思い出をと願っても、都合よく見えるものではない。

 本当にタイミングだ。その時の波動のようなものかもしれないと思えてきた。

 恐らく、今から琥珀のブレスレットに触れたとしても、見えるのは華子が柿澤コーポレーションの仕事を辞めた辺りだろう。

 

 私はテレビを消し、朝食の準備を再開した。

 自分の都合どおりに【物に触れたら思い出が見える】能力を使えたら、どんなに楽だろうか。


 今でこそ、多少、コントロールできているが、【見たい】と思ったものが確実に見えるものでもない。


 この能力が便利か否かなら、どちらでもないだろう。

 結局はこの能力で、幸福にも不幸にもなり得る。

 私は幸福なほうだったかもしれない。


 幸いにもこの能力を理解してくれた家族が居たのだから。


 ぼんやりとそんなことを考えていると、電話が鳴った。

 私はナンバーディスプレイを確認し、出る。電話の主は津山つやま梨々香りりかだ。


 梨々香は十三年前に、楠田に母親を殺された私の友達だ。(アメジストの涙*参照)

 何で電話をしてきたか、この状況なら易々と想像できる。


「おはよう」

【久しぶり。この前はありがとうね。川本さん。楠田君のことで】

「楠田君ね。ニュース見た?」


 梨々香の声色は震えていた。


【死刑確定したよね。また人殺して、おばあさんにまで暴行って何でだろうね。反省してない証拠かもね】


 私は梨々香の意見はもっともだと思った。楠田は梨々香も刺して怪我をさせた。

 それが原因で、梨々香の足は不自由だ。

 私はどう答えたらいいか、解らず、一瞬黙る。


「……楠田君ってあの事件の後、どんな風だったの?」

【楠田君。事件の直後は、全然、反省していなかった。けど、事件から半年経過したくらいにね。手紙が来るようになったよ。「事件のことを本当に後悔している」って反省しているって。でもね。それは口先だけだったんだね】


 梨々香は泣いているようだった。


「大丈夫?」

【私を刺して、お母さんまで殺してさ。で、スーパーでも襲撃。で、出所したらまた人殺して。少年法って何?何のためにあるの?】


 私は何も言えなかった。今、自分のやっていることは、梨々香にとって不愉快極まることだ。許すことのできない相手の過去を見る。

 楠田が本当に殺っていない確証かくしょうなどないのだから。


「そうだね。楠田君はどうして、こんなことになったんだろうね」

【いくら自分の過去が悲惨だからって、人をあやめていい理由なんてないよ】

「……そうだね。ただ、誰かが楠田君の孤独に気付いてあげられたら……違っていたかもしれないね」

【私だって。私だって理解しようと思ったよ。でもさ。こんなんじゃ、納得いかない】


 私は梨々香の悲痛な言葉をただ聞き、うなづくだけしかできなかった。

 梨々香は本当に頑張っていたと思う。事件に巻き込まれても、楠田を憎み、呪わずに自分の幸せのためにまい進した。

 この事件はそんな梨々香の精神を踏みにじったようなものだ。


「納得……いかないよね」

【うん。何か私の気持ちばかりというか、愚痴ばかりでごめん。こんなこと言えるの、川本さんと幾子だけだから】


 梨々香は自身の愚痴を申し訳なく思っていた。

 十三年前の詳しい事情を知っているのは、私と笹山ささやま幾子いくこ水山みずやま恭一きょういち先生せんせいだけだ。

 私は梨々香に本当のことを言うべきか迷う。けれど、隠したとしてもいずれバレると思った。


「あのね」

【なに?】

「私、楠田君の御母さんから頼まれたの」

【楠田君の御母さんから何を頼まれたの?まさか】


 梨々香は私の能力を知っている。正直にありのままを話そうと思った。


「正確には、楠田君を助けてほしい人の依頼を、楠田君の御母さんが依頼してきたの」

【何それ?川本さんには関係ないじゃん。楠田君の御母さんってずうずうしくない?なんでそんな依頼受けたの?】


 梨々香の声色は怒りに満ちていた。私への失望をしているようにも思えた。


「受けた理由は、あまりにも楠田君が可哀相に思えたからなんだ」

【楠田君が可哀相?あまり可哀相に思えないよ】

「楠田君の御母さんは、楠田君を本当に棄てた。刑務所に入っているときも、一切、面接に行かなかったって」

【っ嘘】


 梨々香は信じられなかったようだ。けれど、これが真実だ。

 母親の弥生は、楠田を見捨てた。


「あまりにも酷いと思った。だから、私は同じ能力を持つ人として、依頼を受けることにしたよ。仮にどんな結果が待ち受けていようとも受け入れるつもりだよ」


 梨々香は私の言葉を聞いて、しばらく沈黙した。

 本当のことを話せば解ってくれると思った。


【解ったよ。教えてくれてありがとう。お母さんのことや、私を刺したことは許せない。けど、もう川本さんはその依頼を受けてしまったから】

「うん。梨々香さんの気持ちを逆撫さかなでするような感じになってしまって、本当にごめん」


 私は頭を下げながら言った。梨々香は納得してくれたようだ。


【黙っていられるより、本当のことを言ってくれて良かったよ。それに川本さんらしいよ。何かあったら言ってよ】

「ありがとう。本当に」


 私は思わず声を大きく言ってしまった。梨々香が笑う。


【声が大きいよ】

「ごめん」


 こうして、私は梨々香との電話を終えた。気付けば結構な時間が経過していた。


琥珀の慟哭(中)6 了

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