琥珀の慟哭(中) 5 (16)


 華子はなこは考え込むと、一度、机に置いた鞄を再び、手に取る。


「ごめん。ちょっと行ってくる」

「え?どこに?」


 河西かさいが華子の前に来る。


「裕次郎さんのところ。今回のことは河西さんに責任ないよ。私自身にあると思う。嫌な思いをさせてごめんね」

「そんなことないです。私は華子さんから頼まれたのに、勝手に美貴子さんにやってもらったりしたから」

「とにかく。私に任せて」


 華子は会社を出て行った。華子が出て行った後、三登みとが河西に言う。


「美貴子さんと華子さん、反りが合わないらしいよ。正確には美貴子みきこさんが一方的に華子さんを嫌っているのだけどね」

「知らなかった」

「ううん。でも、結構、みんな知っているよ。だから、美貴子さんには気をつけたほうがいいよ」


 三登は河西に警告した。

 河西は美貴子の性格に薄々、気付いていた。 

 けれど、華子を一方的に嫌っているのは解らなかったらしい。

 確かに、あの人がこの人を嫌っているなどという情報は中々、解りにくい。

 

 場面は再び、切り替った。

 

 どうやら、川原製菓の社長にお詫びを入れてから幾日か、経過したようだ。

 華子が裕次郎と自宅で話をしている。


「華子。いくら美貴子の件があったからって、それを責任に辞める必要なんてないと思うんだ」

「これはけじめだよ。だって、美貴子お姉さまは私が仕事に関わっている限り、こういう嫌がらせは続くと思う。長い目で見ても、公私こうし混同こんどうと思われてしまうでしょう」


 裕次郎は華子の気持ちが解るも、納得いかないようだ。

 裕次郎は少しでも華子と一緒に長くいたいらしい。


「解るけどさ。僕は君といる時間を少しでも長くしたい」

「私も同じ気持ちだよ。だけどね、美貴子お姉さまも含めて、少し冷却期間が必要だと思う」


 華子は裕次郎の手を握った。裕次郎は手を握りかえす。私は二人ののろけぶりに少し、恥ずかしくなった。

 けれど、華子の言うとおりだと思う。美貴子の嫌がらせは酷すぎる。

 会社の利益を損なう。これはかなりの打撃だ。

 本来なら、美貴子を出入り禁止にするべきだ。


「解ったよ。じゃあ、これから、僕は君のために仕事を早く終わらせるよ」


 裕次郎は華子を抱きしめた。華子は笑う。


「ありがとう。無理、しないでね」

「ああ。僕に掛かれば、仕事なんて早く終わる」

「頼もしい」


 裕次郎は華子を自分から離す。二人は向き合った状態になり、華子は裕次郎の顔を見て笑う。


「フフフフ」

「何が可笑しいんだよ」

「いや。そんなに私と一緒にいたいんだね」

「当たり前だよ」


 裕次郎は華子の顎を優しく掴むと、顔を近づけた。

 ゆっくりと二人の顔が近づき、キスをした。

 これからどうなっていくのだろうか。

 綺麗な恋愛ドラマを見ている気分になってきた。このまま、華子が裕次郎と幸せな生活を送れたらと思った。けれど、幸せは長く続かない。


 私は一旦、琥珀のブレスレットから手を離した。

 すっかり夜になっていた。冬の夜は長い。時刻を確認すると、深夜十二時になっていた。

 私はお風呂に入り、寝ようと思った。



****************


 真っ暗な独房の窓から、月明かりがまぶしく見えた。

 南田みなみだ弘一こういちは中々、寝付けず、起きる。

 眠れない原因は夕飯後にコーヒーを飲んだからだ。

 南田は自分の行動を後悔した。

 南田は弁護士の古川ふるかわからの差し入れを有り難いと思ったと同時に、自分に関わらないでほしいとも思えてきた。

 

 自分と関わると碌なことがない。南田は柿澤華子を思った。

 南田は華子が自分と関わったから、こんなことになった。

 南田は反芻はんすうする。自分は棄てられた、誰にも愛されるべき存在じゃない。

 

 南田は涙を流し、枕に顔を抑えて泣いた。

 眠れない夜は長く感じる。

 南田は布団に横になりながら、そのままぼんやりとした。


 看守がこちらにやってくる音がする。

 南田は寝たふりをした。看守が独房に南田の姿を確認すると、すぐに居なくなった。

 

 南田は看守の気配が無くなると、寝たふりを止めた。

 死刑が確定してから三ヶ月が経過した。

 南田は新聞や、テレビを確認できないが、自身へのバッシングが容易に想像できた。


 十三年前に同級生を刺した上に、その母親を殺害、スーパーでの傷害事件。

 自身の生い立ちも洗いざらい晒される。それは仕方ないことだと南田は思った。

 南田は十三年前のことを改悛かいしゅんしている。ただ自分を必要としてほしかった。やり方を間違った。


 南田はふいに、十三年前に自身の罪を暴いた同級生を思い出した。

 川本リカコ。川本もまた【物に触れると過去が見える】能力を思っていた。


 南田は川本を羨ましく思った。川本は自分と違い、受け入れてくれた家族がいた。だから、たがうことなくいられた。

 今も充実した生活を送っているのだろうか。


 南田は川本を憎んでいない。ただ同じ能力を持つ人として、どうしているか気になった。


 以前、少年刑務所から出所した際、川本の噂を聞いた。

 地元に残り、家業を継ぎ、その合間に警察に協力しているらしい。

 

 南田は今回の事件も川本が関わってくるのかと思った。

 けれども、世の中に起こる事件は自分の事件だけではない。


 川本が関わるなんて、有り得ないだろう。

 南田は一瞬、過ぎった内容を振り切った。

 川本が関わったら、自分の被った罪は確実にくつがえされる。

 南田はその時になったら、また考え直そうと思った。

 とにかく、今は何も考えないほうがいい。ただ無になりたいと思った。



************


琥珀の慟哭(中)5 了


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