琥珀の慟哭(中) 4 (15)

 思い出はゆっくりと、切り替わった。

 美貴子が川原製菓にお歳暮を贈った後の場面のようだ。


 会社に電話が鳴り、社員が出る。


「お電話ありがとうございます。柿澤コーポレーションの、西川でございます」

川原かわはら製菓せいかのCEOの三崎みさき洋一郎よういちろうと申します。お手数おかけしますが、柿澤社長をお願いいたします】

「お世話になっております。柿澤ですね。かしこまりました。お繋ぎ致します」


 社員の西川はボタンを押し、柿澤裕次郎の内線につなぐ。


「柿澤社長。川原製菓の三崎社長からお電話です」

「ありがとう。繋いでくれ」


 西川は電話を川原製菓の三崎につなげる。


「お電話変わりました。柿澤です。三崎社長。お久しぶりです」

【柿澤社長。お久しぶりです。突然のお電話を失礼いたします】

「先日はお返しのお歳暮をありがとうございます」


 裕次郎は明るく言った。三崎の反応は薄い。


【いえ。当然なまでです。ところで、柿澤さん。お歳暮は確認して送られたのでしょうか?】


 私の嫌な予感はまんまと的中した。過去の出来事だから、的中という言い方はおかしいかもしれない。 

 美貴子の仕業か?


「確認?そうですね。確認の上で、送らせて頂いていますが。あの、部下に確認しますので、折り返しお電話いたします」

【そうですか。わかりました】


 三崎はすぐに電話を切った。裕次郎は三崎の様子が可笑しいと思った。

 裕次郎は電話を切ると、社長室を出て、社員のいる部屋に入る。


「なぁ。この前のお歳暮の何を送ったかの表見せてくれないかな」

「どうしたんですか?社長」


 社員たちが裕次郎のところに来る。河西が裕次郎に気づき、近づいてきた。


「何か不備でもあったのでしょうか?私が華子さんと共にお歳暮送りました」

「実は川原製菓の社長の三崎さんがな、何か怒っているみたいなんだ」


 河西は川原製菓と聞き、表情をしかめた。


「あの。実は」


 河西は言いにくそうにしていた。


「何があったんだ」

「あの」


 その時、丁度、美貴子がやってきた。


「なにか問題でも?」


 美貴子は裕次郎と河西を見る。ほかの社員も二人の様子を見た。

 河西は美貴子を確認すると、黙り込んだ。


「何があったのか教えてくれ」


 裕次郎は河西に詰め寄る。河西はしどろもどろになった。


「えっと。その」

「河西さん。何かあったの?」


 美貴子は河西を睨みつける。自分がお歳暮を贈ったことを白状させない圧力をかけた。

 美貴子の意地の悪さに驚く。


「……いや。その。ごめんなさい。私のミスです」


 河西は頭を下げた。


「河西さん。詳しい話をしてくれないか?」


 裕次郎は河西を問い詰める。河西は涙を流す。


「とにかく、何を送ったのか教えてくれないか?」

「わかりました。あのお歳暮送ったリスト取り出すので、ちょっと待っていただけますか?」

「ごめんね。僕もどうなっているか把握できてなくて」


 河西は自分のディスクに戻ると、ファイルを取り出す。

 お歳暮に何を送ったかのリストのようだ。河西はリストを確認する。

 河西はそのリストの川原製菓会社に送った品物が書かれていた。

 そのリストによれば、送付した品物が老舗青果店のイシグロの100%ジュース詰め合わせと書かれていた。河西はそのリストを裕次郎に渡す。

 裕次郎はそれを確認した。


「これで文句を言うはずないんだよな。可笑しいなぁ」

「……はい」


 美貴子が面白そうにその様子を見る。


「ねぇ。これって、河西さんは華子さんと一緒に作業していたんでしょう?」

「ああ、さっき言っていたね。じゃあ、華子にも確認しないと」


 裕次郎は電話の受話器を取ろうとする。

 

「待ってください。そうです。けど、華子さんは」

「ねぇ。華子さんの所為なんじゃない?」


 美貴子は遮るように言った。河西は美貴子を見る。美貴子は河西の視線を無視し、続けて言う。


「華子さんじゃないの?今日は華子さん来ていないの?」

「華子は今日、外にいる。じゃあ、僕が華子に訊いてみるよ」


 裕次郎は電話の受話器を取ると、電話番号を押し始める。


「待ってください。華子さんの所為じゃありません。私のせいです」


 河西は裕次郎に向かって言った。


「え。じゃあ。君はイシグロの歳暮を贈っていないのかい?」

「……はい」

「一体何を送ったんだ?」

「それは……言えません」

「言えませんって」


 裕次郎は頭を抱えた。美貴子は河西が華子を庇ったことをつまらなさそうにする。私は美貴子の意地の悪さにへどが出た。


「じゃあ、もういいよ。僕は今から、三崎さんに会ってきて、別のお歳暮を渡してくるから。僕からの注意だけど、お歳暮に送ってはいけない物、勉強しておいてね。もう金輪際、こういうことがないようにね」


 裕次郎は河西を叱ることなく、注意をした。河西は裕次郎に頭を下げる。


「本当に申し訳ございませんでした」

「これからは気を付けてね。このミスは仕事で挽回してくれよ」


 裕次郎は河西の肩を労うようにたたき、会社を出て行った。美貴子は裕次郎の姿が見えなくなった後、大きな舌打ちをする。


「っち」

 

 美貴子は会社を出て行った。その場にいた社員たちは美貴子の雰囲気におびえた。美貴子がいなくなった後、社員が口々に言う。


「河西、大丈夫かよ」

「河西がミスするように思えない」

「つか、社長の姉御、恐いなぁ」


 河西は涙を流し、下を向く。三登みとという女性社員が河西を元気づける。


「大丈夫?河西さん?」

「すいません。本当に」

「いや、いいんだけど。社長の姉の美貴子さん?あの人、気を付けたほうがいいよ」


 三登は河西の肩を優しく触る。


「気を付けたほうがいいって?」

「実はね」


 三登が言いかけた途中で、華子が会社に戻ってきた。華子の姿を確認した社員たちが一斉に挨拶する。


「華子さん。おはようございます」

「あ。おはようございます。今、戻りました。何か、変わったことありましたか?」


 華子の質問で不穏な空気になった。華子は何かがあったのだろうと、すぐに解った。

 華子は河西から、川原製菓へのお歳暮を美貴子にやってもらったと聞いていた。

 華子は何となく、それだと気づく。


「ねぇ。私の勘違いだったら、悪いけど。美貴子さんがお歳暮送ったことが原因?」


 河西は華子のもとに来ると、力強くうなづく。

「……やっぱり」


華子は小さくつぶやいた。


琥珀の慟(中)4 了

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