琥珀の慟哭(中) 7 (18)


 私は慌てて、朝の支度を終え、川本宝飾店に向かう。

 開業時間9時半より過ぎて、既に10時になっていた。

 慌てて、店の鍵を解錠し、開店の準備を始めた。

 店の電話に留守録がないか確認する。


 新しいブランドの宝石の営業電話、買取の問い合わせが合わせて四件。商店街に新しくできるお店の営業電話が1件あった。


 最後に楠田の母親の弥生からの電話があったようだ。


【川本さん。営業時間外にすいません。私は母親として失格です。川本さんも呆れたでしょう。川本さんにやってもらう義務はありません。川本さんがもし、私に対する嫌悪感が弘輝こうきの過去を見る行為より勝るようでしたら、依頼を辞退しても構いません。私がこんな言い方をするのは可笑しいですね。本当にすいません。ただ、本当に私自身が弘輝と向き合わなかったから……私が……】


 留守録はここで切れていた。

 私は弥生の楠田に対するこれまでの行為が許せなかった。

 楠田の味方をするわけじゃない。ただ、子供が最初に触れる大人は間違いなく両親だ。


 両親から受け入れられなかった子供たちは、何処に向かえばいいのか。

 私は嫌な気分になった。

 けれども、弥生が多少なりとも、楠田の今の状態を後悔していることが救いのようにも思えた。


 私は深いため気をつく。

 私は電話の子機を取り出すと、弥生の携帯電話番号に電話をかける。

 数回の呼び出しの上に、弥生が出る。


【おはようございます。川本さん。お電話ありがとうございます】

「昨晩はお店の留守番電話にご連絡をありがとうございます」

【すいません。本当に】


 弥生は弱々しく言った。弥生の今の状況が大変なのも解っている。

 弥生の旦那の幸也ゆきやはもう長くない。


「弥生さん。お電話のことですが、依頼は辞退しませんよ」

【本当ですか?ありがとうございます。ありがとうございます】

「これは私からのお願いです。過去を見終わってその結果を弥生さんに伝えます。その後、弥生さんは楠田君に必ず会ってください。面接拒否をされても、諦めないでください。弥生さんが必ず引きづいてください。お願いします」


 私は力強く言った。弥生が本当に楠田を悔いているなら、絶対にできるはずだ。

 私は弥生が、私自身の意図を解ってくれると思った。

 弥生はしばらく沈黙する。やはり、弥生にはできないのか。


「ダメですか?どうしてですか?」


 私は詰め寄ってしまった。弥生は泣いているのか、涙声で言う。


【解りました。本当にすいません。私はあの子に会うのが恐かったんです。弘輝に気色悪いと言ったり、思っていたことを後悔しました。あの子は間違うことなく、私の子です。死を目前にしてそれに気付かされるなんて。私は人間失格です】


 弥生は私の気持ちを解ってくれたようだ。

 これ以上、弥生を責める気は無い。楠田を弥生が支えるべきだ。それが親として義務じゃないのか。


「そんなにご自分を責めないでください。人はやり直しができますよ。世の中には子供と向き合わない親が沢山居ます。弥生さんはやっと向き合うことができたのですから」


 弥生は私の言葉を聞いて、嗚咽する。

 泣いているのが電話越しでもはっきりと解るくらい聞こえた。


【ありがとうございます】

「いいえ。私はただ私がやるべきだと思ったことをやっているだけです。それでは失礼いたします」


 電話を終えた私は、開店の準備を再開した。


琥珀の慟哭(中)7 了

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