琥珀の慟哭(中) 8 (19)
無事に今日も開店した。
先ほどの弥生とのやり取りのことは考えないことにした。
弥生にも母親として、楠田を思う気持ちがある。
私は今日の予定表を確認した。客の予定は無い。
年末に向けての客入りはやはり、少しだけ多い。
幸せそうに宝石のケース見るお客さん。大切な誰かにプレゼントするものを探しているのだろう。私はそのお手伝いをしている。
そう思える瞬間が、今の私にとっての生きがいだ。
店のドアを元気良く開ける客がいた。その客は先日、彼女とここへ来ると言っていた藤崎だった。
「あ。いらっしゃいませ」
私はすぐに挨拶をした。藤崎は満足そうに言う。
「来ました。今日は彼女と」
藤崎は彼女を連れていた。彼女を私のほうに連れ出す。
私は彼女の顔を見て、少しだけ驚いた。その彼女は
城内は爽やかな笑顔で会釈する。私はそれに倣い、会釈を返した。
「よろしくお願いします」
城内は礼儀正しかった。恐らく、城内は
当たり前だが、思い出を見た私は城内を知っているが、城内自身は私を知らない。
「あ。はい。私がこの店の店長の川本リカコです。今日はよろしくお願い致します。藤崎様から指輪を選んでもらっています。あとはサイズだけです。該当のお品を出しますので、ここに掛けてお待ちください」
「ご親切どうも」
藤崎は嬉しそうに二人で、椅子に座った。私はあまりにも凄いめぐり合わせに不思議な感覚に陥った。
城内は和義を吹っ切るのに時間が掛かったのかもしれない。
他人の色恋沙汰を邪推するのは、あまり良くないかもしれない。深くは考えないようにしよう。
私はアクアマリンの指輪の女性サイズのものをいくつか手に取る。
二人が待っているところに向かう。藤崎と城内の会話が聞こえてくる。
「君が僕を選んでくれたこと、本当に感謝しているよ」
藤崎は城内をかなり好いているようだ。藤崎は城内の手をしっかりと握る。
「だって。私を本当に心から愛してくれるし。愛してくれるからじゃなくて、藤崎さん。いえ、
藤崎は城内の言葉に大分照れているのか、しどろもどろになっていた。私はなんだか藤崎の反応が可愛く見えて、ほっこりとした気分になる。
事情は知らないが、二人の間には色々なことがあったのだろう。
「お待たせしました。こちらです」
私は持ってきたアクアマリンの指輪が入った箱を三つ置く。
藤崎は幸せそうな表情だった。この二人の行く末が幸せであることを願った。
二人は指輪のサイズを確認し、該当のものを購入していった。
結婚のことは解らないが、この店で宝石を購入した人が幸せになることを願った。
未来を知るなんて誰にもできない。
私が見ることができるのは過去だけだ。それも何度も見えない。一度だけだ。
楠田の能力も同じように、一度だけなのか。
それとも、触れてば何でも見えてしまうのか。
今日も何事もなく、営業を終えた。
私は閉店の準備をする。クリスマス前の十一月は慌しい。
十一月にはイベントがないが、年の瀬に近いからこそのものがある。
閉店の準備が終盤に差し掛かった際、店の電話が鳴った。
「お電話ありがとうございます。川本宝飾店です」
【こちらが川本宝飾店さん?私は弁護士の古川です。川本リカコさんでしょうか?】
電話は弁護士の古川と名乗る男性だった。
私は何故、弁護士から電話があるのかと思った。
「私が川本リカコですけど。弁護士さんが何か御用でしょうか?」
【驚かせてすいません。あの、私は
「ああ。楠田くんの。もしかして、柿澤華子さんの遺品のことについてですか?」
私は咄嗟に、弥生に華子の琥珀のブレスレットを託したのが古川なんじゃないかと思った。
【川本さん。お話がわかる方で、本当助かります。その件についてのお話です】
「あ。やはり。そうでしたか」
【ええ。川本さん、今からお店にお伺いしても大丈夫ですか?】
「すいません。実は営業時間が終了になりまして」
【そうですか。解りました。では、この後、お時間ございますか?】
私は楠田の弁護士の古川と接触できれば、何かしらのヒントになるのではないかと思った。
「解りました。色々とお聞きしたいことがございますので」
【ありがとうございます。では、川本宝飾店の商店街にあるカフェバーの『ショーシャンク』に来てもらえますか?】
「解りました。ショーシャンクですね」
商店街にあるカフェバーの『ショーシャンク』は、映画『ショーシャンクの空に』から名づけられている。
何でも店長が映画好きで、特に『ショーシャンクの空に』が好きらしい。
確か内容は冤罪を掛けられた銀行員が刑務所の中でも希望を棄てずに生きる話だ。何だか今のタイミングにあっているようだ。
【それではお待ちしております】
「はい」
私は古川との電話を終えた。電話での印象は、丁寧な雰囲気だった。古川は楠田の【物に触れると過去が見える】能力を知っているのだろうか。私は知っているだろうと判断した。もしかしたら、華子の琥珀のブレスレットを弥生のもとに寄越したのは古川かもしれない。
そんなことを思いながら、私は閉店の準備を続けた。
琥珀の慟哭(中)8 了
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