琥珀の慟哭(中) 9 (20)
私は閉店の作業が終わると、店の鍵を掛け、シャッターを閉めた。
カフェバーの『ショーシャンク』に向かう。
ショーシャンクはアメリカンなカフェバーだった。店内は狭く、中に入るとすぐにカウンターがある。バーの店員が私に気がつく。
「いっしゃいませ」
「あ。こんばんは。待ち合わせしていまして」
「待ち合わせですね。もしかして、古川様と?」
「あ。はい。そうです」
店員は古川を知っているらしい。私は辺りを見渡した。
カウンターの壁際にグレイのスーツを着こなした姿勢の良い男性が居た。
その男性は四十代後半くらいで、目鼻立ちがはっきりとしていた。
男性は私の姿を確認すると、軽く会釈をして、席を立つ。
ゆっくりと、私に近づいてくる。
「こんばんは。初めまして、私が弁護士の
古川は私に一礼をし、自己紹介をしてきた。
「初めまして、川本リカコです。今日はよろしくお願い致します」
「では、私のお隣で宜しいですか?」
「あ。はい」
私は古川に促され、隣に座る。
「川本さん。何にします?私のおごりです」
古川は私にメニューを見せる。
「いえ。いいですよ。自分で支払います」
「そうとは言わずに。私が呼び出したのですから」
古川は譲らなかった。少し頑固な人なのかもしれない。
「解りました。では、オレンジジュースを」
「マスター。川本さんにオレンジジュースをお願いします」
古川はマスターに注文を申し付けた。私は古川を見る。古川は私の視線に気付き、微笑する。
「私の都合に付き合ってくださってありがとうございます」
「いいえ。私も色々とお聞きしたいことが」
「そうですか。まず、私から謝らせてください」
古川は真剣な表情だった。古川の立ち振る舞いは丁寧で、穏やかな雰囲気だった。
「謝るとは?」
「ことの発端は私です。華子様のブレスレットを弥生さんに託したのは、私なんです」
やはり、華子の琥珀のブレスレットを弥生に託したのは古川だったらしい。私は予想通りで、特に驚かなかった。
「そうでしたか。でも、謝る必要は何もないですよ?」
「冤罪かもしれない。これは私たちの願望で、そうじゃない可能性もある。その時、川本さんにも嫌な思いをさせてしまう」
古川は頭を下げた。
「頭を上げてください。そんなことはないです。確かに今回の件は驚きました。けれど、謝る必要はないです。私がやると決めただけですから」
「そうですかね。私は川本さんが楠田君の逮捕に関与していると知っています。川本さんは楠田君が危害を加えた女子生徒のお友達だったんですよね?」
「まあ。確かにそうですけど。確かに十三年前、楠田君がやったことは許せません。ただ、今回は見過ごせないからです」
私は自身の気持ちを吐露した。古川は私の話を真剣に聞く。
「そうですか。あの、失礼ですが、本当に川本さんも【物に触れると過去が見える】のでしょうか?」
「ええ。そうですよ。ただし、私の場合、自分が知りたいと思ったことを都合よく見えるわけじゃないです」
「そうですか。私は楠田君から自身の能力について、聞いたことがあります。川本さんとは少し違うようで」
「違う?それはどんな?」
楠田の能力は【物に触れると過去が見える】能力で間違いない。少し違うというのは、能力の差異なのか。
楠田は私より能力が高いのではないかとすら思えてきた。
「はい。どうぞ」
バーテンがオレンジジュースと、古川が頼んだ飲み物が目の前に置かれた。古川もアルコールではなく、アイスコーヒーを頼んでいた。
「あ、川本さん。どうぞ」
「すいません」
私はオレンジジュースを飲む。古川が言う。
「楠田君が言うには、自分が今、見たいと思った過去を自在に見ることができるそうです。と、言うのは、今、たとえば、川本さんが何していたかを川本さん自身の持ち物から見えれるそうです」
私は驚愕した。思えば十三年前、楠田は電信柱を触り、私が何処に向かったか知ることができた。
それもすんなりと見えていたような印象があった。その能力が強いことで、散々な目に遭ってきたのかもしれない。
「もしかして、それは一度、見えただけじゃなくて、何回でも見れるのでしょうか?」
私は思わず質問してしまった。古川は静かに首を縦に振った。
「それじゃあ、全てお見通しなのですか」
「そうでしょうね。かれこれ、私は楠田君の弁護士を十三年やっています。本当に驚くことばかりです。初めて出会ったときから、私の過去を言い当ててきましたから。千里眼のようなものかもしれませんね」
私は想像以上の楠田の能力に驚きと同時に、深い同情の念を抱いた。
琥珀の慟哭(中)9 了
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