琥珀の慟哭(下) 8 (38)


 倉知は目線を私に合わせてくる。倉知の顔は色白で、目がはっきりとしていた。けれど、目が笑っていない。冷ややかな空気が漂う。


「何の話ですか?」

「武田って男、覚えていますか?」


 倉知は私に鋭い視線を送る。武田という人物に心当たりがない。

 武田はここに一度、来た人なのだろうか。


「武田さん?うーん。解らないです」

「そうですか。ルビーのネックレスを武田という人が」


 私は徐々に思い出してきた。もしかして、私は武田に一度会ったかもしれない。武田は川本宝飾店にルビーのネックレスを持ってきた。それは武田が好意を寄せていた女性の持ち物。

 武田はその女性を殺害していた。倉知は武田の弟なのか。


「武田さん。もしかして」

「ええ。そうですよ。俺は武田仁の弟。ちなみにあなたの支店に怪文を送ったのは俺です」


 倉知は私の反応を面白がるように言った。

 獲物を捕食する猛禽類のような視線を私に送ってきた。

 私はどうしたらいいか、解らず言葉を失う。倉知は笑う。


「そんなに怯えないでください。その様子じゃ、怪文の犯人、見えなかったみたいですね。どうしてだと思います?」

「………わからない」

「フフフフ。【触れたら思い出が見える】を逆手に取ったんです。じゃあ、素手で触れずに手袋で触れたらどうなるか。試したんですよ。

俺の勝ちですね。弱点あったんですね」


 倉知は私の逃げ道を塞ぐように詰め寄った。倉知の目的は一体何なのか。


「倉知さん。あなたの目的は何ですか?」

「俺ですか?それは兄さんを追い詰めたアンタに復讐するためだよ」

「……復讐って」

「そうですね。怪文を更にばら撒いて、川本宝飾店を廃業に追い込もうと思ったんですよねぇ。でも、それじゃ、つまらない」


 倉知は私の腕を掴み、顔をじっと見た。その目は突き刺すような鋭いものだった。

 私は目を反らす。この状況をどう切り抜けばいいのだろうか。


「単純に興味があるんですよ。その能力自体にも。なぜ、見えるのか。俺の服を触ってみたんですよね。じゃあ、この時計を触ると見えるってことですよね」


 倉知は自身の腕を私の前に差し出す。腕には時計がしてあった。

 時計は年季が入っており、親から受け継いだものか、誰かしらから貰ったものに見えた。

 私は素直に答える気が起きなかった。


「解りませんよ。私の能力にはむらがあるんで」

「へぇ。これは面白い。ま、さっきの感じからすると、本当にそれっぽいですね」

「あの。離してもらえますかね?警察呼びますよ」

「っくはははは。警察って彼氏のこと?」

「っつ。関係なくないですか?」


 倉知は私の腕を放し、面白そうに見た。私は気分が悪くなった。

 私は倉知を睨む。


「まあ。そんな恐い顔しないでください。折角の愛嬌が台無しですよ」

「……とにかく帰ってもらえますか?」

「はははは。わかりましたよ。また来ますね」


 倉知は私に背を向けて、離れていく。私はその後姿を見た。

 倉知は私の視線に気付いて、振り向き、ニヤリと笑う。

 嫌な気分になった。倉知の兄が、ルビーのネックレスを持ってきた武田(ルビーの血参照)だったとは。


 武田は同級生で好意を抱いていた沙羅を殺害し、その遺留品を私のところに持ってきた。

 私も殺そうとしていた。

 森本が丁度やってきて、難を逃れた。

 きっと倉知は、武田が殺人犯になったことで、壮絶な苦労を負ったのだろう。

 

 名前を変え、この地に流れてきたのかもしれない。

 しかし、私に対する復讐はかなり見当違いだ。


 けれど、それ以上に倉知の苦悩は壮絶だったかもしれない。

 私は複雑な気分になった。面倒なことにならないのをただ願った。



******************


 南田の看守は交代になった。

 伊藤の代わりに来たのは、宮野みやのという男性だった。


 宮野は全くの無表情で、感情そのものがないような雰囲気がした。

 南田からすると、そういう人物は気が楽だ。

 余計な詮索もされないし、変に気を遣わなくていい。

 南田は伊藤から離れられて良かったと思った。


 南田は気兼ねなく、死刑執行まで過ごせると思った。

 南田は横になり、格子の向こう側を見ると、宮野がやってきた。


「おはようございます」


 南田は自分から挨拶をした。宮野は首を縦に振った。


「おはようございます。南田。調子はどうだ?」

「いたって何も」

「そうか。なら、いい。そうだ。お前宛てに差し入れがある」


 宮野は相変わらずの無表情で言った。


「差し入れ?」

「ああ。後で持ってくる」

「ありがとうございます」


 宮野は南田を見つめた。南田は何も言わずに見つめてくる宮野にたじろいた。


「な、何ですか」

「いや。お前は何人も看守が代わっている。何でかと思って」

「理由ですか?まあ、俺が性格悪いからじゃないですか?解りませんけど」


 宮野は南田を一瞥すると、何も言わずに独房から離れ行った。

 南田は初めて、宮野と長く話した気がする。

 南田はとりあえず、このまま何も詮索されなければいいと、心の中で思った。

 宮野が何かの小包を持って、戻ってきた。

 無表情な宮野は南田の姿を確認すると、格子の下のほうの小窓の鍵を解錠する。

 そこから小包を南田に渡した。


「これだ」

「誰からですか?」

「伊藤からだ」

「伊藤って。看守の伊藤さんですか?」

「ああ。そうだ。伊藤はお前を気に掛けている」


 宮野は南田をじっとりと見つめた。


琥珀の慟哭(下)8 了

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