トパーズの憂鬱 (下) 11


 美砂子が遊作を心から軽蔑しているのがわかった。


「このことは警察には言いません。私と離婚してください」


 美砂子は声を絞り出すように言った。遊作は笑う。


「おいおい。本気で言っているのか。美砂子。俺と別れたら、美砂子はバツ2になるぞ?それでいいのか?」

「バツ2が何?そんなのどうでもいい」

「そうか。じゃあ、神坂とやり直すのか?」

「和義は関係ない!」


 遊作が美砂子に向ける表情は鋭かった。遊作は美砂子の感情などお構いなしに、美砂子の手を掴み、抱き寄せた。美砂子は抵抗する。


「やめて」

「離さない。神坂とやり直すくらいなら!」

「やめて。離して」

「俺からは離れられない」


 美砂子の抵抗はむなしく、遊作の力は強かった。美砂子は声を上げる。


「助けて!助け」


 遊作は美砂子の口をふさぐ。そこに和義がやってきた。


「おい。止めろ!」

「神坂!なんでこんなところにいる!」

「文芽さんから全て聞いた。だから気になってきた」

 

 和義の後ろに文芽がいた。


「叶井さん。今なら警察に黙っておきます。美砂子と別れないなら、警察に通報します」


 遊作は悔しそうな表情を浮かべ、カバンの中を探る。

 美砂子は恐怖ですっかり抵抗を止めてしまった。

 和義と文芽はその様子を怪訝けげんな表情を浮かべる。


「俺のものにならない美砂子なんて要らない」


 遊作はナイフを取り出すと、美砂子の首元に近づけた。


「やめろ!」

「止めて!遊作!」


 騒動を聞きつけた他の客たちが集まってくる。


「え?なに。どういうこと?」

「あの人、ナイフ持っているよ。ヤバイ」


 状況を知らない人々が口々に言った。遊作は笑って言う。


「皆さん、聞いてくれ。この女は俺を裏切った。それ相応の報いが必要だ。だから殺す」

 

 美砂子は突きつけられたナイフに身を離そうとするも、捕まれた力が強く動けない。

 和義はどうしたらいいのか、解らず見つめるだけだった。

 文芽が言う。


「叶井さん。美砂子を殺したら、貴方はどうするの?」

「決まっているだろう。死ぬにさ。あ、あとお前も俺と美砂子の仲を邪魔していただろう。美砂子にはいつもお前がいた。」

「そんな風に思っていたんですね。私、貴方とあまり対面したことなかったけど、前から貴方のこと嫌いでした」

「おい、挑発しないほうがいいよ」


 和義は文芽をなだめるも、文芽は遊作を睨みつける。

 文芽はゆっくりと二人に近づこうとする。和義はそれを止めようと、手を掴む。


「止めたほうがいい。文芽さん」

「このまま、美砂子がどうなってもいいの?和義くん!」

「……それは、けど今は、あいつに変な気を起こさせないほうが」

「なんか二人で話しているけど、状況わかっているの?」


 遊作は二人のやり取りにイラつく。美砂子は抵抗を止め、涙目になり、震えていた。

 遊作が美砂子に向かって言う。


「俺と離婚しないよな?なぁ?」


 美砂子は涙を流し、震え、首を縦に振った。


「よし。じゃあ、お前らは俺の邪魔をするな。美砂子、俺と一緒に死のう。お前を殺して、俺も死ぬ」

「嫌ぁぁぁぁぁああああ」


 遊作は美砂子にナイフを振り上げようとする。次の瞬間だった。

 文芽は遊作がナイフを持っている手を掴んだ。

 遊作の力は強く、文芽は振り払われそうになる。美砂子はその隙に、和義のほうに向かう。


「離せよ。このアマ」

「あんたこそ、いい加減にしなさい」

「うるせー」


 とうとう、文芽は遊作に振り払われてしまう。

 文芽はその場に尻餅をつく。遊作は文芽を見下ろす。


「やっぱお前から殺すよ。気に入らなかったからな」

「上等よ。けどね、私を殺したところで、美砂子は手に入らないよ」

「ぴいぴい、うるせぇなぁ。死ねよ」


 遊作は文芽に向かってナイフを振り上げる。ナイフが突き刺さり、血が飛び散る。

私は見てられなかった。


トパーズの憂鬱 (下) 11 了

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