トパーズの憂鬱 (中) 5
文芽は私と目が合うと会釈した。私はそれを返す。
文芽の表情は表情が固かった。
「いらっしゃいませ」
私は挨拶をした。文芽の表情はあまり明るいものではない。文芽が言う。
「あの。少しお話いいですか?」
「ええ、いいですよ。椅子、ご用意しますね。あと、店のシャッター閉めますね」
私は店のシャッターを閉め、閉店の看板を出す。
私は椅子を用意し、座ってもらうよう促す。
「すいません、これに」
文芽はそれに座る。
「唐突ですが、うちの由利亜がここに来ていますよね?」
私は由利亜から、文芽に秘密にするように言われていない。
だが、正直に言っていいものだろうか。迷った挙げ句、嘘をつく。
「いえ。来てませんが」
「そうですか。すいません」
文芽は落ち込んだ様子だった。文芽はここに来たと思っていただろう。
この辺りで、宝石買取をしている店は少ない。必然的にここにくるからだ。
「いえ。あの。紅茶、持ってきますね」
「いや、いいですよ」
文芽の言葉を遮って、私は給湯室に行く。
文芽は私の能力を知っているのだろうか。私は文芽が知らないままでいることを願った。
文芽は真剣に由利亜を思っているに違いない。
私はそれに嘘をついた。本当にそれでいいのか。
けれど、文芽が由利亜に本当のことを言わないのは何故なのだろう。
私は悶々としながら、2つのティーカップに紅茶を淹れた。
そのティーカップをお盆に置き、文芽の元に行く。
「お待たせしました」
「あ、すいません」
文芽は椅子から立ち、ガラスケースを見ていた。
「宝石はやはり、綺麗ですね」
文芽は椅子に座る。私は文芽の前に紅茶を置く。
「そうですね。宝石は癒しですね」
私は宝石を見ながら言った。
「私、昔、大事な友達にトパーズのネックレス渡したんですよ」
文芽は昔を懐かしむように言った。
私はその思い出を知っている。けれど、初めて知ったふりをした。
「そうなんですね。トパーズって11月の誕生石ですよね」
「さすが宝飾店の店長さん」
文芽はやわらかく笑う。由利亜と喧嘩した時とは違う表情だった。
「その友達はすごい真面目な子で、昨日はその子の誕生日だったんですよ」
文芽は遠い目をしていた。私はその思い出を昨日見たから知っている。
私はつき始めた嘘は最後まで通そうと思った。
「そうなんですね。とても仲の良い友達だったんですね」
「はい。大事な友達で。お茶、頂きますね」
文芽は紅茶を飲む。何故、文芽は初対面の私に昔話をし始めたのだろう。
「そうですか。そのお友達、今、何をしているのですか?」
私はわざと質問してみた。文芽は私を見て、少し黙る。
「亡くなったんです」
「……亡くなった?」
文芽は首を縦に振る。やはり、
私は文芽の顔を見た。大きな瞳からは涙が溢れ、頬を滴った。
「何かごめんなさい」
私は謝罪した。
「いえ。すいません」
文芽は涙を拭う。私は本当のことを言おうと思い直した。
「あのー。すいません。本当は由利亜さん、ここに来ました」
「やはり。そうでしたか」
文芽はやはり解っていたようだ。文芽は私を咎めるわけでもなく、視線を下に向けた。
「あの、でもその。買い取ってませんので」
「そうですか。良かった」
文芽の表情は少しだけ明るくなった。
「あの、何で友達は亡くなったんですか?」
私は思わず、質問してしまった。
「……っ」
文芽は私を見て、息を飲む。再び下を向く。私は慌てる。まずいことを聞いてしまったと後悔した。
「すいません。初対面なのに」
「もしかして由利亜から聞いてますか?」
文芽は顔を上げ、私を見る。その目は睨んでいるわけでもなく、真っ直ぐに見ていた。
「いいえ。由利亜さんからは何も」
「そうですか」
文芽は少しだけ、安心しているように見えた。
「ごめんなさい。それは教えられないんです」
文芽は伏し目がちに言った。教えられない。どういった事情があるのだろう。
「何かすいません。無神経に聞いてしまって」
私は文芽に頭を下げる。文芽は慌てた。
「いいですよ。由利亜は私が本当のことを言わないからネックレスを持ち出したんです」
由利亜に初めて会った日に、その出来事を見た。けれど、私は初めて知ったふりを続ける。
「そうでしたか」
「ええ。でも、どうして店長さんは買い取らなかったんですか?」
「うちには、お子さんがその親の大切にしている宝石とかを勝手に売りに来たりとかあるので」
私は口から出任せで嘘を並べた。
嘘を着くのは気が引ける。けれど、私が【物に触れると過去が見える】ことを言ったことで、由利亜の願いが叶わなくなるからだ。
今、文芽がここで、トパーズのネックレスの返却を要求したら返さないといけない。
同じ結果でも、嘘をついたほうがいいと私は判断した。
トパーズの憂鬱 (中) 5 了
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