トパーズの憂鬱 (中) 6

 文芽は私の言葉を疑う様子はなかった。上手く誤魔化せたようだ。


「そうなんですね。やはり、あるんですね」


 文芽は私の言葉に関心した。


 私は信じ切っている文芽に申し訳なさを感じつつも、バレなかったことに安心した。


「ええ。お小遣いに替えようとしたりです」

「そうですか。じゃあ、あのトパーズは買い取って構いません。そのお金を由利亜に渡して下さい」


 文芽は真剣な表情だった。

 それはトパーズのネックレスの持ち主が由利亜の本当の母親である証明だった。 残された実子に渡すべきだとのことだろう。


「え?」

「だから、買い取りを」

「本当にいいのですか?」


 私は文芽の本心が違うと思った。文芽がトパーズのネックレスを大切に保管していたのは、美砂子のことを忘れないためだったのだろう。


「私が持っているより、売って由利亜のお小遣いに替えたほうがいいです」


 文芽は遠い目をしていた。寂しそうな目だ。けれど、その目には迷いがあった。


「解りました。そこまでおっしゃるのでしたら」

「そうしてください。あと、由利亜が次にここに来たとき、私が来たことは黙っておいて下さい」


 文芽は懇願した。真剣にお願いする様は痛々しくも思えた。

 文芽は由利亜が大切の親友の子供である以上に、実の子供のような愛情を持っていたのだろう。


 私は深く頷いた。


「解りました。黙っておきます」

「ありがとうございます」


 文芽の表情は明るくなった。

 私はアメジストのピアスが入った箱を取り出す。


「折角なので、これ、受け取って下さい」

「え?」


 文芽は私の顔を見た。私は文芽の方に、箱を差し出す。


「クリスマスキャンペーンで、渡しているアメジストのピアスです。受け取って下さい」

「え?でも。私は何も買っていないので」


 文芽は箱を私の方に差し向ける。


「これは私からのささやかなプレゼントです。アメジストには浄化効果があるんです。だから、文芽さんと由利亜さんの関係が良くなることを思ってます」


 文芽は箱を見た。文芽は私の言葉を噛み締めた。

 私を見て言う。


「どうして、そこまでやってくださるのでしょうか」


 私はどう説明するべきか、考える。

 由利亜と文芽のことを知ってしまった以上、放っておけないからだ。

 けれど、由利亜から【過去を見てくれ】と言われたことを言うわけにはいかない。


「私は両親を亡くしています。だから、今家族がいるのなら良い関係を築いてほしいのです。だから」


 文芽は私を見て、納得したようだ。


「そうですか。解りました。受け取ります。何から何まですいません」

「いいえ。出すぎた真似で、すいません」


 文芽は遠くを見つめるように言う。

 

「いつかは本当のことを話さないといけない。それは解っています。ただ今はまだ」


 文芽の目には不安が滲み出ていた。大きな出来事が遭ったのかもしれない。


「何が遭ったのか存じ上げませんが。私で良ければお力になります」

「ありがとうございます。営業終了間際にすいません。帰ります」


 文芽は私に丁寧に一礼すると、お店を出ていく。


 私は文芽の後ろ姿を見つめた。私は店の片付けを始める。とにかく、片付けてトパーズから見える思い出を見なくてはいけない。


 どんなに時間が掛かっても、最後まで見届けなくてはいけない。


 私はそんな使命感に燃えていた。


 片付けを終え、私は店を閉めた。家路を急ぐ。



 今日のことを思い出した。森本は本当に何時、私のことを好きになったのか。

 やはり解らない。思い当たるのは、高校時代だろう。


 高校時代の私は、中学生と違い、友達を作ったりした。

 何気なく、小さな物事を解決したことがあったような。何故か私はそれを思い出せない。


 それも気になるが、今は美砂子のことだ。美砂子と和義は、一緒にならなかった可能性がある。


 じゃあ、可能性としてあるのは、和義の友達の幹正みきまさか。

 それとも。私は思い浮かぶ全ての可能性を考えた。


 自宅に着くと、手を洗い、上着を脱ぐ。急いで留守番電話を再生する。




 再び、春木からの電話があったようだ。


【2018/11/13 18:45。一件の留守番電話を再生します】


『春木です。すいません、川本さん。一週間以内でいいので、昨日の件の回答お願いします。本当にすいません』


 【過去を見てほしい】というお客さんのことだ。

 お客さんは何を急いでいるのだろうか。

 考えられるのは、恋人の過去を知りたいのか、由利亜のように本当の家族を知りたいのか。

 急を有しているなら、連絡しなくてはいけない。


 私は春木の携帯電話に架けた。


トパーズの憂鬱(中) 6 了



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