トパーズの憂鬱 (下) 15
私は掃除を終えた一時間後、店の玄関に、人影が見えた。
由利亜がやってきたようだ。由利亜が店の扉をノックする。
「あの。すいません。
「はい。ただいま」
私は店の扉を開けて、由利亜を招き入れた。由利亜の表情は、最初にここに来たときよりも良かった。文芽とは和解できたのだろうか。
「こちらにお座りください。お茶をお持ちしますね」
私は由利亜を椅子に座らせた。由利亜は座る。
「あの。お茶。いいです。話を聞きたいです」
「解りました」
由利亜は美砂子の死に思いを馳せているように見えた。
私は由利亜の前に座る。私はトパーズのネックレスケースを由利亜の手に持たせた。
「話すと、長くなりますが、大丈夫ですか?」
「大丈夫です」
「どんなことがあっても耐えられますか?」
私は心配した。実の父親の遊作が、実の母親である美砂子を殺害したという事実はかなりハードなものだ。更に遊作は自殺をしている。かなり辛いことだ。
私の真剣な問に、由利亜は
「大丈夫です。どんなことがあっても受け入れるつもりです」
「解りました。最初に言っておきます。由利亜さんのお義母さんの
「そう……なんですね」
「ええ。すいません」
「いいえ。気にしないでください」
「では、本題に写りますね」
私はトパーズのネックレスから見えた全ての出来事を由利亜に話した。
遊作が澤地を使って美砂子に嫌がらせをしていたこと、それが原因で和義と美砂子の関係が悪化して離婚したこと。文芽が最初から最後まで、美砂子の味方だったことを話した。
由利亜は私の言葉を一生懸命に聞いた。
私は美砂子が死んだ原因について、どう話したらいいのか解らなかった。
由利亜は文芽が美砂子の味方だったことが嬉しいように見えた。
「私の本当のお母さんの
「非常に言いにくいことですが………。
「実の父親の叶井遊作が」
由利亜は呆然とした。父親が母親を殺したという事実は、あまりにも大きすぎるだろう。
十代の少女にとって辛い事実だ。
「はい。でも。それは美砂子さんには全く問題はなく、叶井に原因がありました。叶井は美砂子さんを取り戻すために、澤地を利用して嫌がらせをしていたんです。上手いこと、美砂子さんとよりを戻せたのですが、嫌がらせの犯人が自身だと付かれてしまったんです。更には文芽さんのことを邪魔に思い、殺害しようとしたところ、それを
「そんな………」
由利亜は涙を流した。大きな瞳から、流れた涙は由利亜の手をぬらした。由利亜は手の甲で涙を拭う。
「だから、文芽さんはずっと自分のせいで、美砂子さんが死んだと思っているんです」
「……お義母さん」
由利亜は涙を流した。私はその様子を見つめた。
由利亜は、突然伝えられた実の母親の情報に戸惑っているのだろう。
「大丈夫ですか?由利亜さん」
「……はい。色々と衝撃で本当に。だからお義母さんは本当のことを言えなかったんですね」
「……そうですね。あと、実は、ここに一度、文芽さんが来ました」
「え?」
由利亜は目を見張った。私はありのままを伝えようと思った。
「由利亜さんのために、このネックレスを買い取ってほしいと。ネックレスを大切に保管していたのは、美砂子さんのことを忘れないためでした」
由利亜は静かに私の言葉を聞いた。しばらく沈黙が続く。由利亜が言う。
「これで……すっきりしました。お義母さんの気持ちも解りました」
「……血がつながってない親子のことは解りません。ただ、私は文芽さんが、本当に由利亜さんのことを思っているように見えました。けど、これからどうするかは由利亜さん次第です。あまり、参考になることが言えず、すいません」
「いいえ。川本さんは最初から最後まで、私の知りたかったことを教えてくださいました。それだけで十分です」
由利亜の表情はすっきりしていた。
重苦しいことばかりだが、自分の本当の母親のことを知れたのは大きいだろう。
お店の玄関の音を叩く音が響く。
私は玄関に近づき、様子を見る。文芽が居た。
私は由利亜に「文芽さんが来ています。中にお入れしても良いでしょうか?」と言った。
由利亜は静かに頷いた。
私は店の玄関を開けて、文芽を入れた。
文芽の表情は硬かった。文芽は由利亜を見つめた。由利亜も文芽を見て、微笑んだ。
文芽は戸惑っているようだった。
「川本さんから、聞いた?」
文芽は由利亜に問いただす。
「うん」
「由利亜の好きにしなさい。私のせいで、貴女の母親の美砂子は死んだのだから」
「違うよ。お母さん。本当のお母さんは、お父さんに殺されたんだから」
文芽は涙を流した。由利亜は文芽を抱きしめた。
「私の今のお母さんはあなただよ」
「ありがとう」
私は二人の様子を見て、少しだけ涙が出そうになるのを抑える。
「じゃあ、このネックレスはお二人にお返ししますね」
私はトパーズのネックレスが入ったケースを二人の前に出す。
文芽はそれを見て、安心したようだ。
「有難うございます」
文芽はそれを丁寧に受取り、カバンの中にしまった。
「お母さん、私を生んだお母さんの美砂子さんのお墓に行きたい。連れて行ってくれる?」
「いいよ。今から行きましょう」
「やった!」
由利亜は嬉しそうにした。由利亜の笑顔は何故か、心が暖かくなる気がした。
由利亜は初めてに来たときよりも、表情が柔らかくなっていた。
由利亜は「またここに来てもいいですか?」と、私に聞いてきた。
私は笑顔で「また来てください」と返した。
由利亜は微笑んだ。その微笑は、死んだ美砂子に似ている気がして、私は不思議な感覚になった。
「じゃあ、川本さん。お世話になりました」
「いいえ。こちらこそ。お見送りします」
文芽は何度も、私にお辞儀をしてきた。私は二人が商店街に消えるまで、後姿を見送った。
私はこれで、由利亜と文芽が本当の親子になれる気がした。
その手助けができた気がして、私は心が温かくなった。
長い6日間だったと思う。
精神的にも、体力的にも大変だったが、何にも変えがたいものに触れられた気がした。
全ては誰にでもある
その猜疑心を違う方向に向けられたら、梶原美砂子は死ななかっただろう。
非常に悔やまれることだ。
しかし、そのことがあったからこそ、文芽と由利亜が親子になれたのも事実だ。
誰にでもある猜疑心。その感情とどう向き合っていくのか。
それは本当に難しい。けれど、そんな自分を認めて、愛する人を真に思う気持ちがあれば、それえを乗り越えられるはずだと思う。
私は川本宝飾店を今日も開店させた。
店のドアを開けて入ってくる客に笑顔で「いらっしゃいませ」と挨拶した。
トパーズの憂鬱 完
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