琥珀の慟哭(下) 41 (71)
華子の表情は清々しく、陸の表情は少しだけ寂しそうに見えた。陸は磯貝に脅されていたが、友達だったのだろう。そんな陸の様子に華子が言う。
「ごめんね」
「……いいんですよ。お母さんの本当の気持ちが聞けたので」
「ありがとう陸。友達が居なくなってしまったけど」
「磯貝さんだけが友達じゃないんで」
「そう。よかった」
「ただ、磯貝さんは僕を救ってくれた面もあるんです。でも、対等じゃなかった。僕は磯貝さんの言いなりになっていた部分もある。まあ、僕自身も磯貝さんに依存はしていた」
陸は思い出しながら言った。その様子は長年の友人だったのがわかった。
「だから、僕は磯貝さんを止められなかった。本当にごめんなさい」
陸は華子に頭を下げる。華子は陸を抱きしめた。
「もう、いいのよ。終わったこと。陸、約束してくれない?私の側を離れないと」
「はい。お母さん」
陸は華子の手をしっかりと握った。華子はこれまで見た表情よりも、穏やかで幸せそうに見えた。
本当の親子の絆を見たようにも思えた。そんな幸せはどこかで途絶えるのだろう。
これから先は嫌な予感しかしない。
けれど、その嫌な予感が的中しないことを願っても、私が見るのは終わった出来事だ。
ゆっくりと思い出は切り替わった。
華子がスマートフォンで誰かと電話をしている場面だった。
「そうですね。確かにそう話はつけましたけど」
何の話か分かり難いが、可能性としては陸と磯貝とのビジネスの話だろう。
華子は苦々しい表情を浮かべている。
「わかりました。どうしますか?納得いくまでお話をするまでですけど?」
華子の口調はキツかった。相手を威嚇するような物言いで、牽制しているようだった。
「ですから、磯貝さんとはもう話を付けてありますので」
電話の相手は磯貝じゃないらしい。華子は苛々が増したのか、机をトントンと叩く。
「そんなに納得いかないなら、磯貝さんに言えばいいのでは?」
どうやら電話の相手がしつこいらしく、華子の怒りは頂点に来ているように見えた。
怒りのあまり頭を右手で抑えた。
「解りました。じゃあ、私、一人でそこに行けばいいです?」
どうやら相手は華子に直接会いたいようだ。華子はため息をつく。
「私があなたに会う必要性ってありますか?それに磯貝さんがあなたに仕事を依頼していたのでしょう?」
華子は相手の要望を聞く気はない。当たり前だが、言うことを聞くぎりはないのだから。
華子は相手が何かを言ってきたのか、沈黙する。
相手の声は聞こえないが、華子の表情が曇る。
「あなたは何でそれを知っているの?」
話がビジネスではなくなっているようだった。華子の表情が苦々しくなっていく。
「わかった。何処に行けばいい?」
華子は嫌々ながらも相手の要望を受け入れることにしたらしい。相手は何を知っているのか。
電話を切ろうとする華子に相手が再び、何かを言ってきたらしい。
物事の主導権を握る際、相手の弱味を掴むのは姑息だ。けれど、そういう世界があるのを今、目の当たりにしているように思えた。
華子は相手に何の弱味を握られたのだろう。
大体、想像はつくが、どんな弱味か解り難い。
華子はスマートフォンをカバンに仕舞い、出かける準備をする。社長室の呼び音が鳴った。華子は呼び鈴に応対する。
「どうしました?」
『あ、お母様。少しお話が』
呼び鈴を鳴らしたのは祐だった。モニター越しの祐は特に深刻な表情ではなかった。
「話って何?とりあえず、入って」
華子は社長室のドアを解錠し、祐を中に入れる。祐に椅子に座るよう促す。祐の向かい側に華子が座る。
「あの、この間の磯貝さんの件なのですけど」
「ああ。あれね。もう止めることになったからね」
「それはそうなんですけど」
「なにかあるの?手短にお願いできる?」
祐は華子が話を早く終わらせたいのがわかった。祐は華子の顔を覗き込む。
「お母様はこれから何処かに行くのですか?」
「ええ。ちょっとね」
「何処に?誰と?」
「そうね。あなたには話しておくわ。ちょっと磯貝さんの件とそうね、私自身のことね」
ここで華子が「私自身」と言ったのは、弱味のことなのだろう。私は確信した。その弱味は華子自身に関係し得ることなのだろう。
「何ですかそれ?一体何のことやら。脅されているんですか?」
祐は華子の言葉がいまいち、ピンと来ないようだ。華子は少し目を伏せた。
「脅されている。そうね。それに近いかもしれませんね」
「え?脅されているって?もしかして僕のことですか?反社との関与の件ですか?」
「その件なら解決したはずですね。祐には申し訳ないけど、あなた自身と反社の件、調査したわ。あなたは私との約束、ちゃんと守りましたね。本当に縁を切った。私はあなたを信用していなかった。あなたのことを本当の子供のように思いつつも、信用していなかった。ごめんなさいね」
華子は祐に頭を下げた。祐は驚き、すぐに言葉が出ずに華子を見る。
華子は祐が自分を責めていると思い、少し泣きそうな顔になった。
「泣かないでください。お母様。確かに僕を身辺調査したことは正直、びっくりしました。でも、僕も僕でこの会社の人間としての立場をわきまえていませんでしたから、頭を上げてください」
華子は頭を上げる。華子は祐を見つめた。
琥珀の慟哭(下)41 了
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