トパーズの憂鬱 (上) 12
美砂子の表情は決して明るくない。遊作との別れは、美砂子にとって辛いものだったのだろう。
「仕事、転職したほうがいいのかな」
美砂子は独り言を言った。道を歩いていると店があった。
ウィンドウには、洋服やネックレスが飾ってある。
美砂子はそれを見つめた。私は美砂子が可哀想に思えてきた。
美砂子のこの先が幸せであってほしいと思った。
美砂子に声を掛ける人がいた。
「あのー」
「なんですか?」
美砂子は振り返る。そこには20代くらいの若い男性だった。
「あの20代の独身女性にアンケートなのですけど」
「アンケート?」
美砂子はそれが詐欺だと思った。美砂子は無視するように立ち去ろうとする。
男性は美砂子の手を掴む。
「離して下さい」
「本当にアンケートなんですけど」
男性は詐欺に間違われたことに気付いたようだ。不快感を露にする。
「アンケートって何よ?メチャクチャ怪しい!」
美砂子は振り切った。男性は手を離す。
「ごめん、悪かった。実は大学の論文で必要でさ」
「論文?」
「ああ。論文だよ。20代の独身男女のクリスマスの予定があるか」
美砂子は微妙な表情を浮かべる。男性は笑う。
「馬鹿らしいですよね。ごめん」
「いや、いいですよ。別に」
美砂子は弁解する。男性は目を輝かせた。
「協力くださいますか?」
「いいですよ、ただ私、別れたばっかなんで」
美砂子は震えていた。泣きそうになっているのか。
「え?」
「二股掛けられてたんで。だから、クリスマスの予定ないです。あと、年齢は二十歳です」
美砂子はてきぱきと言った。男性はそれをメモする。
「それはまた、酷い。でも、そんな奴ばかりじゃないですよ。世の中」
「そうですかね。だといいですけど」
美砂子は遊作を思い出しているのか、目に涙を浮かべる。男性は慌てた。
「ちょっと大丈夫ですか?」
「だ……大丈夫です」
「あ、そうだ。協力してくれたお礼に奢りますよ!行きましょう!」
男性は美砂子の手を引き、連れていく。美砂子は黙って着いていった。
私はもしかして、由利亜の父親はこの男性なのだろうかと思った。
男性の雰囲気は明るかった。短髪で目がはっきりして、眉毛は太めで爽やかな顔をしていた。
男性は美砂子を焼き鳥の居酒屋に連れて行った。がやがやと騒がしい空気だ。
男性と美砂子はテーブル席に着く。
美砂子は初めて入る居酒屋に少し驚いた。
「ここの焼き鳥、美味しいのでぜひ」
「はぁ」
美砂子は辺りを見る。客層は比較的若い人ばかりだった。
「店員さん!」
男性は店員を呼ぶ。男性店員が気付き、二人の席に来る。
「あ、
「おう!
男性の名前は和義で、店員とは顔見知りのようだ。美砂子は和義の顔を見た。
美砂子に気付いた店員の幹正が言う。
「もしかして、彼女か?」
「ちげーよ。アンケートに協力してくれたからだよ」
「アンケート??」
幹正は不思議そうな顔をした。和義は楽しそうに言う。
「論文だよ。20代男女の若者のクリスマスの予定についてだ」
「論文ねぇ。つか、お前は彼女なしの童貞だったよな」
「ちょっお前、それは」
和義は、幹正の肩を掴む。
美砂子は二人のやり取りを微笑ましく見る。和義は美砂子の視線に気付き、少し照れる。
「とにかく、注文!焼き鳥の塩2本、鶏肝2本、手羽先2人前下さい」
和義は幹正に言った。幹正はそれを注文票に書く。和義は美砂子を見る。
「まだお名前聞いてなかったですよね?名前は?」
和義は美砂子に質問した。
「
「美砂子さん。俺の名前は、
美砂子と和義のやり取りを、幹正はにやにやした。
「何かいい感じか?じゃあ、注文受付たからね~」
幹正は注文を受け付け、厨房に消えていく。
二人は何を話せばいいのか、会話がない。美砂子が言う。
「何か、さっき泣いてしまってすいません」
「いえ、いいです。俺もいきなり無神経にクリスマスの予定云々聞いたりしたので 」
和義は水を飲む。美砂子は少し下を向く。
和義は何を言えばいいか解らず、困っている。私はいつの間にか和義を応援したくなった。
頑張れ和義。和義は何か話題を連想する。
「あの。2000年で地球が滅亡するっていうノストラダムスの大予言ってありましたよね?」
「え?」
美砂子は突然振られた話題にきょとんとする。2000年問題。
あまり覚えていないけど、そんなこともあったような。
「なんか結局、世の中を騒がせたいだけでしたよね」
「そうですね。でも、結構、私の会社でもシステムの関係上のことで何かあったみたいで」
「あ、美砂子さんは会社員だったんですね」
和義は美砂子が会社員だと気づかなかったようだ。
「会社員って言っても高卒で入ったので」
「でも、大学生をやっている俺よりは凄いですよ。って俺も今年、就活しないとだけど」
和義は少し頭を掻く。美砂子は和義が気を遣ってくれていることがわかり、少し嬉しくなっているようだ。
「どんなところに就職を考えているんですか?」
「うーん。実は色々、迷いがあって。このまま就職していいのか」
和義は手を組む。美砂子は和義を見る。見つめられた和義は少し照れているようにも見えた。
トパーズの憂鬱 (上) 12 了
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