トパーズの憂鬱 (上) 11


 ゆっくりとスクリーンに映し出されるように、思い出は見えてきた。

 美砂子が文芽と電話をしている場面だった。


「文芽?私、美砂子だけど?」

【どうした?】


 文芽はすぐに電話に出た。


「彼氏と別れちゃったよ」

【……そう。それは辛いよね】


 文芽は少し驚いていた。


「でもさ、何か無理だし。多分、世間知らずって馬鹿にされてたかもね」

【……そんなこと】

「まあ、もう気にしてな……」


 美砂子は話しの途中で辛くなり、涙を流し嗚咽おえつした。


【大丈夫だよ。美砂子。美砂子には絶対いい人いるよ】

「…そうかな。好きとかよく解らなくなっちゃったよ」


 美砂子の声は震えていた。本当に好きな人と付き合えて、幸せだった美砂子。

 その面影は嘘のように無くなっていた。美砂子の笑顔を奪った遊作は最低な人だ。


【あのさ、25日のことだけど】

 

 文芽は美砂子を元気づかせるために、待ち合わせについて切り出した。

 どうやら今見えてる思い出は、遊作と別れてすぐの出来事のようだ。


「うん。何?」

【カラオケ行こうか?】

「いいね!行こう!最近、行ってなかったからね」


 美砂子は嬉しそうにした。

 文芽は美砂子の元気な声色に安心する。美砂子が言う。


「私、歌いまくる!」

【おお、スカっとしよう!】


 文芽は元気付けるように言った。


「うん。めちゃくちゃ楽しみ」


 美砂子と文芽は電話を終えた。

 美砂子は文芽との電話を終え、一息着く。


 折り畳みの携帯を仕舞う。美砂子は仕事場から文芽に電話をしていたらしい。

 帰る支度をしている。その様子を澤地亮子が見ていた。

 もしかしたら、澤地は個人的に美砂子が嫌いなのかもしれない。


 自分より若くて可愛い。特に若さを要求する日本社会において、若くて可愛い女性を敵視する人は多い。

 俗に言うお局も若くて可愛い女性を目の敵にすることもあるだろう。

 澤地の場合は、自分の好きな男性と付き合っていたことが大半の理由だ。

 その次いでに若くて可愛いことも原因としてあるだろうという気がした。



「梶原さん」

「なんですか?澤地さん」


 澤地は美砂子に近づき、話しかけてきた。

 美砂子は緊張する。


「梶原さん、これやって欲しいのだけど」


 澤地は大量のファイルを美砂子の机に置く。


「え、今日は残業ないはずですけど」

「どうしても、明日の会議で必要なのよ。新規施設の跡地のアイディアに必要なものを10部ずつコピーしてほしいのよ」


 澤地は有無を言わせない気負いで美沙子を見た。美砂子は唇を噛み締める。


「けど、私」

「早く帰りたいのは解るわ。けれどね、必要なの。解る?」


 澤地と美砂子のやり取りを見ていた他の女性社員がやってくる。名札に【城内きうち】と書いてあった。


「澤地さん、私、そのプロジェクトのメンバーなのでやります」

「あら、そうなの?解ったわ」


 澤地は心の中で舌打ちしているように見えた。城内は美砂子と目が合うと、『私に任せて』と合図した。

 私は職場に美砂子を助けてくれる人がいて安心した。


 澤地はファイルのコピー&整理を城内に任すと、会社を出て行く。

 澤地の居なくなった後、美砂子は城内のディスクに行った。


「城内さん、ありがとう」

「いや、いいよ。澤地のパワハラで辞めてった人いたからね」


 美砂子は城内が澤地を呼び捨てていることに驚く。

 城内は美砂子より先輩らしい。澤地の職場いじめは以前からあるようだ。


「そうなんですね」

「うん。私もかつてやられたからね」


 城内は思い出しながら、苦い表情を浮かべる。結構、嫌な思いをしたのかもしれない。


「そうなんですか?」

「何か気に入らないって感情だけでやってるからね」


 城内はファイルをめくり、必要な箇所に付箋を貼る。


「私の時は、お土産とか私にだけ買ってないとか、挨拶無視。重要連絡事項を私だけ伝えないとかね。澤地が梶原さんを目の敵にしてるのは別の理由があるっぽいけど。大丈夫?」


 城内は薄々、美砂子と遊作が付き合っていることに気づいているようだ。

 美砂子は城内を見た。


「実は、叶井さんと付き合ってました」

「何か余計なこと聞いちゃったね」


 城内はまずいことを聞いてしまったと思った。美砂子は首を振る。


「いいんですよ。もう別れているし」

「そう。澤地って叶井くんのこと好きだったもんね。前からかなり解りやすくやってたし。だから私を含め、他の女性社員も叶井くんに近付かないようにしてたからね」


 遊作はモテそうな雰囲気だ。けれど、女性たちが慕っている様子がない。

 その原因は澤地だったようだ。

 澤地に目をつけられたくない為、他の女性社員が近づいて来ない。

 ある意味で、遊作も被害者かもしれない。可笑しいのは、何故、皆、澤地に言えないのか。

 他にも別の理由があるように思えた。


「そうなんですね。澤地さん、そんなに叶井さんを」


 美砂子は驚いていた。城内はパソコンで入力しながら、美砂子に言う。


「澤地は労働局に訴えられても、会社を解雇されない。それは澤地がこの会社のCEOの娘だからなの」

「え?本当に」

「本当だよ。だから、逆らえない。梶原さんも気をつけなよ。ま、この会社を辞めるってのも手だよ」


 美砂子は城内の言葉に動揺していた。美砂子の動揺ぐあいに、城内は心配する。


「でも、叶井くんとは別れたなら大丈夫だと思うよ」

「そうですかね」

「大丈夫。梶原さん、お疲れ」

「じゃあ、お先失礼します」


 美砂子は鞄を持ち、会社を出た。秋の日の時間は短い、17時半を過ぎると暗い。

 街灯が道を照らし、視界は悪い。


 美砂子はとぼとぼと、家に帰る為に電車に向かった。



トパーズの憂鬱 (上) 11 了

 

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