トパーズの憂鬱 (中) 13
美砂子は買い物を止めて、家に帰ろうとする。
また後ろを押してきた犯人が襲ってくる可能性を考えたら、その方がいいだろう。
美砂子はなるべく、人気のないところを通らないように行く。
何とか無事に過ごしてほしい。私はそう願った。
思い出は切り替わる。
ゆっくりと映し出された場面は美砂子が和義に、話している場面だった。
「実は今日、後ろから押されたの」
「え?」
和義は由利亜をあやしながら、美砂子を見る。
和義は由利亜をベビーベッドに寝かせながら、「押されたって後ろを?」と聞く。
美砂子は頷く。和義は考えているようだ。和義は美砂子に再び質問する。
「それって今日だけ?」
「今日だけというか、今日かな」
「考えたくないかもしれないけど。前に言ってた由利亜の父親とか?」
和義は
「違うと思う。だって、私、遊作とは縁切ってるから」
「そうか」和義は再び考える。
「私は。澤地さんだと思う」
美砂子はゆっくりと言った。
「澤地?」
「うん。澤地亮子さん。遊作と澤地さん付き合っていたのよ」
美砂子は思い出したくない過去を苦しそうに言った。和義は美砂子を抱き締める。
「大丈夫か?」
「うん。澤地さんしか考えられなくて」
美砂子は涙を流す。嗚咽した。
「押されただけだと警察に言っても無駄だからな」
「うん」
美砂子は頷く。美砂子の背中を和義が優しくさする。
「解った。しばらくは買い物、俺がするよ」
「え?いいよ」
美砂子は慌てて顔を上げて、和義を見る。
「大丈夫だって」
「いいの?」
「ああ」
和義は美砂子の頭を撫でる。美砂子は困っているが、和義は笑う。
「そんなに俺が頼りない?」
「いや、そうじゃなくて」
「親の反対押し切って結婚した時から腹は決めてる」
美砂子と和義の結婚は、親から歓迎されていなかったらしい。私は胸が詰まる。
二人の絆は強いものだったのだろう。
私は二人の姿に涙が出る。周りが反対しても一緒になることを決意した。
中々、出来ることじゃない。親の反対で結婚を断念する人もいる。
私はこの先がどうなるか、解らない。ただ三人がバラバラになることしか知らない。
私の思いを尻目に、思い出は切り替わる。
切り替わったのは、美砂子たちの家に、文芽と和義の友達の幹正が家に来ている場面だった。
さっき見えた思い出から、一週間くらい経過しているようだ。
「なぁ。あれから大丈夫か?」
幹正がビールを飲む。文芽も気になっていた。和義が言う。
「まだ嫌がらせが続いている」
美砂子も不安そうな顔をしている。
「警察には相談したの?」
文芽は美砂子に質問した。美砂子は首を縦に振る。
幹正はビールを飲み終えたらコップを置き、「心当たりは?」と言った。
「澤地亮子さんだと思う。私の元彼氏の彼女」
美砂子は暗い表情を浮かべる。文芽は口を紡ぐ。
しばらく沈黙が続く。幹正が言う。
「そうか。じゃあ、立証すれば被害届が受理されそうじゃない?」
「決定的な証拠がないんだ 」
和義は苦々しい表情を浮かべた。
「そうか」
幹正は申し訳なさそうな顔をした。
「俺さ、姉ちゃんに澤地のこと話したんだ。そしたら、協力してくれるってなって」
和義は美砂子を見る。美砂子は
「同じ会社だからさ」
和義は枝豆を食べた。幹正が言う。
「和義の姉さんって美砂子さんと同じ会社だったの?」
「ああ。そうだ」
「そうか」
幹正は目を見開き、口を開けた。
幹正は和義を見る。私は何だかその様子を不審に思った。和義は何か隠しているのだろうか。
「何だ?」
和義が幹正を見返した。
「いや、その」
「何だよ」
和義は幹正の態度に苛つく。美砂子と文芽はその様子を見る。ざわざわとした違和感は、布に水が浸っていくような雰囲気だった。その先を見るのが恐い。
私はその恐怖に覚悟し、続きを見つめる。
四人は気を取り直して、楽しく食事をした。
食事を終え、文芽と幹正は帰り支度をしている。幹正が和義の手を引っ張った。
「なんだ?」和義が幹正を睨む。
「恐い顔するなよ。ちょっといいか」
「ちょっとって」
和義は美砂子を見る。美砂子は二人に気を使い、「行ってきていいよ」と言った。
「ごめん。行ってくる」
「うん。文芽もまたね」
美砂子は文芽を見送る。
「じゃあね」
文芽は美砂子たちのマンションを出た。和義と幹正は一緒に出ていく。
その後ろ姿を美砂子は見つめた。
一人ぼっちになった美砂子は、玄関のドアを見る。しばらくすると、電話が鳴った。
「はい」
美砂子が出た。電話口の相手は無言らしい。
美砂子は不安になってくる。震える声で美砂子が言う。
「あなた、誰なの」
無言電話らしく、何も返答がない。
美砂子が電話の子機から耳を放そうとした瞬間だった。
【
その声は変声器で変えている声だった。
「一体何なの?」
美砂子は言い返した。しかし、返答は無く、そのまま切れた。
トパーズの憂鬱 (中) 13 了
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