トパーズの憂鬱 (上) 1


人間の嫉妬心や猜疑心さいぎしんは、思わぬ方向にいく。

私は28年間、思い出を否応いやおうなしに見てきた。

ただ、そういった感情は人間の多くが持ち合わせているようにも思える。

私自身にもある。

けれど、それを受け入れ自分がどう在りたいか。


自分自身のダメな部分も受け入れなくてはいけない。


電話が鳴る。私は電話を取った。

電話の相手は、【川本宝飾店】の県外の店舗からだった。

頻繁に電話はくるものの、月曜日に来るのは珍しかった。

今日は2018年11月12日。


「川本宝飾店の川本です」


「あ、川本さん。A店舗の春木です」


A店舗の店長を任している春木幸作はるきこうさくは元気な様子だった。



「あの。冬のクリスマスのキャンペーンのことでご相談が」

「ああ。そうでしたね。何か解らないことがありましたか?」

「えっと2万円以上お買い上げの人に渡す景品を、アメジストのピアスですが、これって今の季節と違いますよね。今だったらトパーズのほうが良くないですか?」


春木のアドバイスはいつも参考になる。アメジストは2月の宝石。

けれど、私はアメジストが良かった。理由はアメジストの浄化効果は、ここを訪れた顧客が来年、良い年を迎えられるようにしたいからだ。


「ええ。春木さん、そうです。けど、アメジストは、浄化効果やマイナスをプラスに変えることが出来るのです。だから、ここを訪れたお客さんが来年、良い年を迎えられるようにとその願いも含まれているんです」

「ああ、なるほど。さすが川本さん」

春木は関心しているようだった。私は春木が納得してくれて安心した。

「正直、思い入れがあるというのもあります」

「そうなんですか。川本さんの能力と関係あるんですか?」

「ええ。まあ。そんなとこです」

春木は私が【物に触れると過去が見える】ことを知っている。

「そうですか!深くは聞きませんが」

「じゃあ、よろしくお願い致します」

私は春木との連絡を終えると、今日の開店の準備を始めた。


トパーズは11月の宝石だ。多くのカラーを持ち、非常に高い硬度を持っている。

古くから宝飾品として扱われてきた。

本来は無色透明な石だ。和名は【黄玉おうぎょく】。


トパーズの名前の由来は、ギリシア語で【探し求める】や、サクスクリット語で【火】を意味する【トパズ】などの説がある。


私は【探し求める】ものの意味であってほしいと何となく思った。

探し求める。人は自分の証明を探し求めるものなのだろう。私はそんなことを思っていた。


開店してからすぐ、若い女性が来た。女性は店のドアを力強く開ける。

髪を茶色、化粧は濃いめ。恐らく10代の女性に見えた。


「あのー。このお店って買い取りやってますよね?」

「はい。やっていますが」


私は女性に近づく。

女性は私の顔を見る。やはり無理して大人びいたメイクをしているものの、幼さが残っていた。

高校生くらいだろうか。所謂いわゆる、不良なのかもしれない。


「どんな物の買い取りをご希望ですか?」

「えっと、これなのですけど」


見た目と違い言葉遣いは丁寧だった。

女性は鞄からアクセサリケースを取り出す。

私はカウンターから宝石受けを出した。白い手袋をはめる。

女性はアクセサリケースを開け、トパーズのネックレスを取り出す。


「これ。トパーズのネックレスです」

「これですね」

私はトパーズのネックレスに触れる。


いつもと同じ、映画館のスクリーンに写るように思い出が見えてくる。


女性がここにこれを持ってくる直前の場面だった。



女性の母親が女性を責めている。

「どうして、そんな茶髪にするの?お母さんを困らせないで!」

「いいじゃん。茶髪にしたって!」

女性は理解を示さない母親に食って掛かる。


「あーやだやだ。本当」

母親は女性を睨む。


「お母さんは私の本当のお母さんじゃないんでしょ!」


女性も母親を睨む。母親はため息をつく。


「そんなのどうだっていいでしょう!」

「どうでもよくない!」

女性は怒鳴る。母親は少し驚く。



「他人がどう思おうと、私はあなたの母親。それだけでいいでしょう」

母親は睨むのを止めて、女性を宥める。女性はそれでも言う。


「お母さん。本当のことを教えて!」

「本当のこと?本当に知りたいの?」

母親は声を低く言った。母親の風貌は女性に似ていない。

女性がいくら髪を派手にしていたとしても、顔が似ていないのだ。


「ずっと。ずーっと似てないから可笑しいって思っていた」


女性は感情をむき出しにしている。母親は洗濯物を畳むのを中断した。


「似てない……だからどうだっていうの?そんなに知りたい?なら家を出なさい。私の子じゃない」


母親は女性を見ると、涙を溜めて怒鳴った。


女性は気圧けおされ、震える。

「何で、教えてくれないの」

「何でもよ。私と似てないのがそんなに不満なの?もういい。出ていきなさい。勝手にしなさい!」

「お母さん……」

母親は女性を追い出していく。女性が言う。


「じゃあ、その大切にしているトパーズは誰からのなの?」

「関係ないでしょ!出ていきなさい!」

母親は女性を部屋から追い出す。女性はトパーズの入っているアクセサリケースを掴む。


「ちょっと止めなさい!」

「家出ていくから、これ頂戴ちょうだい

女性はそれを持ち出ていく。私はトパーズのネックレスから手を放す。

女性を見る。

「何?どうしました?」

女性は私に言った。


「これ、本当に買い取りをしても良いのですか?」


私の問いに女性は目を反らす。


「とにかく買い取りを」

女性は懇願する。

「けれど、これはお客様のお母様のものでは?」



「何で、解るのよ!」

女性は声を張り上げた。私は言う。

「見えるんですよ」

「はぁ?」

「だから、過去が見えるんです」

女性は私をバカにした目を向ける。

「頭、可笑しいんじゃない?」

「じゃあ、あなたがここに来たまでのこと言いましょうか?」

私は女性を見る。女性は少し怯んだ。


「何よ、気持ち悪っ」


「あなたは母親ともめている。原因は母親が実の母親じゃないこと。その母親と揉めて、あなたは母親が大切にしているこのトパーズを持ってきた」



女性は青ざめて、私を見つめる。

「アンタ、一体何者なの?」

女性から私を軽蔑と拒絶の感情がみて取れた。私はその感情に慣れている。


「私?私は物に触れると過去が見えるの」

「本当……なの?」

「ええ。そうよ。けどね、全てとは限らない。何処の思い出が見えるかもあいまい。この宝石がどのような過去を経験したかが確実に見えるとは限らない。少なくともこの宝石がどのように手に渡ったかまでは見える」


私は何となく、この女性がここに来たのは運命なのかもしれないと思った。

女性は自分の出生を知りたいのだろう。


トパーズの憂鬱 (上) 1 (了)

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