トパーズの憂鬱 (上) 2


 女性は真剣な表情で私を見る。決心をしたように、私に向かって言う。


「じゃあさ、私のお母さんのことを知りたいの」

「全て見えるか解らないけど。私の名前は川本リカコ。あなたの名前は?」


私は女性に名前を聞く。


「私の名前は戸松とまつ由利亜ゆりあです。母親は戸松とまつ文芽あやめです。私は高校2年です」

「解りました。家には帰りましたか?」

「帰っていません。母が本当のことを教えてくれないので。今は親戚の家から学校に通っています」


 由利亜は伏目がちに言った。


「解りました。文芽さんが何を隠しているか知りたいということでしょうか?」

「そうです」

「解りました」


 私は再び、トパーズに触れる。ゆっくりと映画館のスクリーンに映し出されるように思い出が見えてきた。

 このトパーズのネックレスを戸松とまつ文芽あやめがお店で購入しているシーンから始まる。

 先ほどの由利亜ゆりあとのやり取りのときよりも大分若く見えた。

 多分、20歳くらいだろうか。大切な人にプレゼントするつもりでいるようだ。


 まるで愛しい人へのプレゼントにも思える。

 文芽は買ったトパーズのネックレスを持ちながら、カフェに入っていく。

 店員が文芽に声を掛ける。


「いらっしゃいませ」

「後で、人が来ますので。とりあえずコーヒーをお願いします」


 上機嫌の文芽が言った。店員は注文を快く受け付ける。

 しばらくすると、コーヒーが運ばれてきた。

 文芽はそれにフレッシュを入れて飲む。


 文芽は窓から人の行き交う様を見つめる。季節は秋。

 文芽はスケジュール帳を取り出し、予定を見る。

 そのスケジュール帳の年号と月は、2000年11月だった。


 由利亜が生まれる前の18年前だ。

 スケジュール帳には今日の日付だろう。11月12日の項目に、【ミサコ】と書いてある。

 恐らく、今日、トパーズのネックレスを渡す相手なのだろう。

 私はその行く末をこれから見る。何が起こっても私に出来ることは、その事実を見ることしか出来ない。

 店にやってきた由利亜に事実を伝えなくてはいけない。


 しばらくすると、文芽の居る席に、女性が近づいてくる。


「文芽!」

美砂子みさこ!やっと着た!座って」

「うん。遅くなってごめん」

「いいよ。気にしないで!」


 文芽は美砂子が到着したことが凄く嬉しいようだった。

 二人はかなりの親友なのだろう。何でも話せる間柄のようにも思えた。

 私は驚いた。美砂子の顔だ。

 美砂子の化粧はナチュラルメイクに近いが、由利亜に似ている。恐らく、由利亜の本当の母親は美砂子なのかもしれない。確定ではない。

 どうして、文芽が由利亜の母親になったのか。それを私はこれから見ることになる。


 美砂子は文芽の向かいに座る。店員が注文を聞きにやってきた。


「ご注文は?」

「私もコーヒーを」

「かしこまりました」

「文芽。ずっと黙っていたんだけど」

「何?」

 文芽は美砂子の話を興味津々で聞く。カフェには色々な客がいた。レトロな雰囲気のカフェだった。主に若い女性をターゲットにしているようだ。


「私、一年前から年上の男性と付き合っているの」

「そうなの?」


 文芽は目をまんまるにしていた。よほど、衝撃だったのだろうか。動揺しているのが見てとれた。

文芽はコーヒーを飲む。カップをソーサーに置く音が響く。


「うん。私たちより9歳上の人なの」

「そう。会社の人?」

「高校卒業してすぐに就職した同じ会社の人」

 

 美砂子の表情はかなり嬉しそうだった。文芽はその様子を複雑に見る。

 文芽の表情は嬉しさよりもショックを受けているように見えた。

 

 きっと、本当に大切にしていた友達なのだろう。


 寂しくなってしまうと思っているようにも見えた。美砂子はその会社の人と結婚し、由利亜を生んだ?

 けれど、その後、何かが起こり、文芽が育てることになる?

 私はこの先を見るのが恐い気がしてきた。


「そう。へぇ。知らなかった」

「黙っていてごめん」


 美砂子は頭を下げた。文芽は慌てる。


「いいよ。全然。ただ私たちって女子高だったじゃない?男性への免疫とかさ」

「うん。最初はどうなるかと思ったけど、そうでもないかな。凄く優しい人なんだ」


 美砂子はうっとりした。文芽は友達の初めて見る表情に戸惑っているようにも見えた。


「じゃあ。その人と結婚するの?」

「結婚かぁ。まだそれはないかもしれない」

「そう。へぇ」

 

 結婚がまだないことに文芽は若干喜んでいるようにも見えた。結婚によって友達関係が終わることはよくある。

 文芽は恐らくそれの心配をしているようにも見えた。


「今度、紹介するね」


 美砂子は嬉しそうに言った。


「うん。楽しみにしているよ」

「ふふふ。あ、そうだ。文芽は彼氏いるの?」

「いや、いないよ。本当」


 文芽は自分のことを聞かれると思わず、慌てる。


「そっか。気になる人は?」


 美砂子は文芽とガールズトークをしたいようだった。文芽は回答に困っている。


「気になる人か。いるようないないような」

「ええ?どんな人?ねぇ」

「その、バイト先のお客さん」

「へぇ。何かロマンチックだね。その人とキッカケ作れるといいね」


 美砂子は文芽の恋を応援している。文芽はぎこちなく笑った。

 私は文芽の好きな人がどんな人か気になった。


「あ、そうだ。誕生日プレゼント買ったよ。受け取ってくれる?」


 文芽は先ほど買ったトパーズのネックレスを差し出す。


「ありがとう」


 美砂子はすごく嬉しそうだった。文芽はそんな美砂子の様子を幸せそうにみた。

 美砂子はネックレスの入っている包み紙を開ける。


「すごい、綺麗。本当にありがとう」

「いいよ。仕事頑張っているし。私も勇気貰っているからさ」

「そんな大げさな。でも、本当に嬉しい。大切にするね」


 美砂子はトパーズのネックレスを自分の首につける。キラキラと輝くトパーズは、文芽と美砂子の絆のようだった。

 私はこの文芽と美砂子の間に何かが遭ったのだろうと思えた。その予測は当っていく。


私は一端、トパーズのネックレスから手を放す。



トパーズの憂鬱(上)2 了

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