トパーズの憂鬱 (上) 3
「ねぇ。何が見えたの?」
「そうね。あなたのお母さんの文芽さんが友達にこのネックレスを渡しているとこね」
「これ、お母さんが友達にプレゼントしたものだったの?」
「うん。まだ解らないことが沢山あるのだけど」
私はため息をつく。由利亜は私に頭を下げる。
「お願いします。本当のお母さんのこと、教えてください」
「まだ見え始めたばかりだから、どうなったとか解らない。だから、なんとも言えないです」
「そうですか。だったら、何か解ったら教えてください。私、今日は帰ります。また、明日来ます」
由利亜はお店の玄関に向かう。
「あ。ちょっと待って」
私は由利亜を止める。
「大丈夫です。どんなことがあっても受け入れるつもりです」
由利亜は何かを知っているのだろう。私は直感的に思った。
由利亜は覚悟を決めているようにも見えた。
「受け入れるって何か大変なことでも?」
「うっすら知っているんですよ。ただ確実なことが知りたい。それだけです」
「そう」
「あの、見てもらった報酬とかいくら払えばいいですか?」
由利亜は財布を出す。私はそれを止める。
「いや。いいよ。私が勝手にやっているだけだからさ」
「そうですか。何か、すいません。ありがとうございます」
由利亜は頭を下げる。不良の風貌とは違い、由利亜は繊細だった。由利亜は店を出て行った。
私は残されたトパーズのネックレスを見る。他のお客さんが店に入ってきた。
「いらっしゃいませ」
私は応対する。トパーズのネックレスを仕舞った。
入ってきたお客さんを見ると、見覚えのある顔だった。
「あの。もしかして、水山先生ですか?」
「おう。凄く久しぶりだな。7年ぶりかな?」
やってきたのは、
7年前の成人式ぶりの再会になる。
水山はそれほど変わりのない様子で、ただあの時よりは年を取っているように見えた。
「先生、お仕事のほうはどうですか?」
「うん、多忙な毎日を送っているよ。子供が今年から小学校に入ったから幾分か楽にはなったけどね」
「そうですか」
水山は私たちのクラスを請け負った後、加奈子と結婚した。その後、教師を辞めて、漫画家を目指したらしい。
すぐには食べていけるわけでもなく、その五年後の2011年に漫画の新人賞を受賞し、デビュー。新連載を持ち、それが瞬く間にヒットしたらしい。
「先生が売れっ子の漫画家って最近、知りましたよ」
「そっか。ありがとう。いや、川本にも世話になったものだから」
「世話?何もしていないですよ」
私は水山に何もしていないと思った。水山は笑う。
「実は、今連載してヒットしている漫画はお前をモデルにしている」
「え?ああ、あれですか?未来が見える主人公がどうとかっていう」
何となく自分かと思っていたが、そうらしい。
少しだけ恥ずかしいような、嬉しいような気分になった。
「そうだ。未来が見える主人公
水山は嬉しそうに話した。水山の特集がやっていたテレビで、漫画の話をしていたから内容はある程度知っていた。
漫画のタイトルは【
「驚きです。何かすいません」
「いいや。まさか川本が物に触れると過去が見えるなんて」
水山は楠田とのやり取りからうすうす気付いていたのだろう。
私に気を遣って深くは突っ込まずにいてくれた。
私は成人式のときに、【物に触れると過去が見える】能力を使って、警察に協力していることを話した。
「先生と出会ったばかりのころは、まだその能力と自分自身、折り合いがつけられなくて」
「そうか。けれど、お前が成人式のときに、その能力を使って警察に協力しているって知って俺は嬉しかったよ。中々、できることじゃないからな」
「ありがとうございます。あ、すいません。お茶持ってきますね」
「あーいいよ。ただ近くまで着たから。あと、ついでにコレ」
水山は何かの菓子折りを持ってきていた。それを私に手渡す。
「え、いいですよ。そんな」
「折角、持ってきたから受け取ってくれ」
「解りました。ではお言葉に甘えて」
「うん。じゃあ、元気でな!漫画、今度ドラマ化するんだ。良かったら見てくれ」
「はい。ありがとうございます」
水山は嬉しそうに店を出て行った。本当に幸せそうで、私は心から嬉しい気分になる。
夢を叶えることはそう易々とできることじゃない。
けれど、何もしない内から諦めないことを水山は教えてくれた。
水山の置いて行った菓子折りは、クッキーだった。
トパーズの憂鬱 (上) 3 了
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