トパーズの憂鬱 (上) 4
水山はここに来るときにデパートに寄ったようだ。
私は紙袋から出し、包み紙に触る。すると、過去が見えてきた。
水山がこれを買っているときの場面だ。
水山はデパートでこれを買っている。
足取りは軽い。どうやら、編集の人との打ち合わせが終わったついでのようだ。
沢山の美味しそうなものが並んでいる。
売れっ子漫画家となっている水山の顔はマスメディアでイケメン扱いになっていた。
だから、若い女性が水山に話しかけている。私はなんだか面白い気がしてきた。
「水山恭一先生ですよね?」
「そうだよ。こんにちは」
水山は丁寧に応対する。女性たちは嬉しそうな声をしていた。
「あの、【
「私も!」
「はい、いいよ」
水山は嬉しそうに女性たちが差し出す、メモ帳に丁寧にサインを書いた。
更には握手にも応対した。私は水山が本当に売れっ子になったのだなと嬉しくなった。
若い女性たちが行った後、水山はデパートを出ようとする。
すると、水山は女性とぶつかった。
「あ。すいません」
「こちらこそ、すいません」
女性の顔をよく見ると、
文芽は水山の顔を見ると驚いていた。文芽は水山のことを知っているらしい。
文芽は興奮気味に言う。
「あの。もしかして
「そうですよ。ありがとうございます」
「あの。実はうちの子が漫画のファンでして。すいません。もし、良かったらこの紙にサインもらえますか?」
「あ。いいですよ。娘さんのお名前は?」
「
文芽は少し、頭を掻きながら言った。水山がサインを書きながら言う。
「俺は昔、中学生の教員やっていたんですよ。だから、思春期の子の多少の難しさはわかります。何を考えているのか解りにくい。けど、正面からぶつかっていけば、本人も解ってくれると思いますよ。仲直りできるといいですね」
水山は紙に【ユリアさんへ】と書き、自身のサインを書いた紙を文芽に渡す。
文芽は少し涙目になりながら水山を見る。
「ありがとうございます」
「いいえ。俺も娘がやっと小学校に入ったので、親でいることの難しさを感じます」
「そんなんですね。でも、先生の作品はとても暖かいと思います」
「ありがとうございます。それでは」
水山は文芽と別れると、デパートを出て行った。文芽は書いてもらったサインを少し見つめる。
文芽はサインを丁寧にカバンの中に仕舞った。
思い出はそこで見えなくなった。
文芽は本当に由利亜を娘のように思っていたのだろう。
私はますます、トパーズの思い出を見なければいけない使命感に駆られた。
恐らく、文芽はあの後、由利亜に電話をしたかもしれない。
どんな会話をしたのだろう。解らない。
けれど、家に帰っていないということは、喧嘩をしてしまったのだろう。
私はお店を開けている最中、ずっとそのことが気になった。
文芽と美砂子の間に何かが遭ったのだろう。
そのことが原因で、文芽は由利亜を預かることになった。
美砂子は生きているのだろうか。
「すいません。すいませーん」
男性のお客さんに大声で呼ばれた。
「これを見せてほしいのですけど」
お客さんはガラスケースからアクアマリンの指輪を指差した。
私は鍵を解錠し、それを取り出す。
「こちらになります」
「ありがとうございます」
この指輪は前回の
新品のものだ。ブランドはティファニーで、アクアマリンの指輪。
お客さんはそれを見つめる。
「失礼ですが、恋人へのプレゼントでしょうか?」
「ええ。まあ、実はプロポーズしようと思っていまして」
「素敵ですね。上手くいくことを祈っております」
私は丁寧にお客さんに言った。お客さんは嬉しそうにする。
「彼女、人魚姫が好きで。アクアマリンって人魚姫っぽいじゃないですか」
「ええ。よくご存知ですね。海水に入れると消えたように溶け込むんです」
私は先日の
「そうなんですか!知らなかったです。いや、何となく海っぽいかなと」
「そうなんですね」
私は少しだけ、このお客さんの彼女が
そんな偶然があるわけじゃないのに。
「今度、また彼女と着ます。いいですか?」
「いいですよ。ご縁があることを祈っております」
お客さんは指輪を宝石受けに置く。
「あの、仮予約って出来ますか?」
「はい。大丈夫ですよ。お名前、いいですか?」
「解りました。名前は
「藤崎様ですね。お待ちしております」
私は藤崎と名乗るお客さんに一礼をした。藤崎は
指輪を丁寧に拭くと、その指輪を別の場所に保管した。
その指輪のケースを袋に入れ、【仮予約 藤崎様 2018/11/12】と書いた紙を貼り付けた。
お客さんの入りはいつもと変わらなかった。
私は今日の営業を早めに切り上げようと思った。
いつもは、午前9時30分~午後6時まで営業している。今の時間は午後4時過ぎ。今日はがらがらだ。
お店を閉める準備を始めた。
トパーズの憂鬱 (上) 4 了
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