トパーズの憂鬱 (上) 5
私は今日の売上を確認し、宝石を金庫に仕舞う。
最近、防犯カメラを最新のものに変えた。
費用は張るが、ここ一帯で窃盗事件が起きているからだ。
刑事の
一番は被害に遭わないのがいいのだけど。
私は今日の由利亜から預かったトパーズのことを思い出した。
由利亜の母親かもしれない美砂子は、どうなったのだろう。
その先を見るのがいつもながら恐い。
けれど、見る約束をした。
だから、後に引くわけにはいかない。
私は鞄に由利亜から預かったトパーズのネックレスを仕舞う。
全ての閉店作業を終えたのを確認する。
私は店の戸締まりをし、シャッターを閉めた。
店を出ると、商店街から自分の家に向かう。
夕飯の準備のために買い物に来ている主婦、学校が終わった学生などが行き交う。
何の悩みもない楽しそうに見える人でも、心の奥底にを抱えているものだ。
大人になってから、【物に触れると過去が見える】能力はある程度コントロール出来る。人の間を通っていく。
私は男性とぶつかった。
「あ、すいません」
男性が謝罪してきた。
その男性は二十代くらいの若者だった。一般的な感じの人の好さそうな顔をしていた。ただ自信がないような雰囲気がした。
私はそれを返す。
「こちらこそ」
男性は通り過ぎていく。ふと気付くと鞄がない。男性が私の鞄を持って行った。
私は追いかける。
「泥棒!待ちなさい!」
男性は全速力で走る。私も負けじと走った。
走る私の視界に入ってきたのは、森本だった。
「あ、おい!どうした?」
私は立ち止まる。
「鞄、盗られた」
「俺が行く。お前、そこで待ってろ。現行犯逮捕する」
森本は走って、男性を追いかけていく。
私は森本が高校時代、陸上部だったことを思い出した。
物凄いスピードで森本は男性を追いかける。
姿が見えなくなり、しばらくしてから森本が鞄を奪った男性がやってきた。
「捕まえたぞ。現行犯で逮捕する」
森本は男性に手錠を掛ける。男性は抵抗するまでもなく、下を向いていた。
悔しい表情もない。ただ空を見ているだけだった。
私は話しかける。
「何で、こんなことするんですか?」
「………」
男性は私を一瞬見てから、目を反らした。
森本が言う。
「事情聴取するから。とにかくお前は川本に謝罪しろ」
森本は男性を睨む。男性は心ここに在らずだった。
私は男性のシャツに触れた。
思い出がゆっくりと見えてきた。男性がカフェの面接に来ている場面だ。
男性はハキハキと答える。
「えっと。
梨本隆史という名前らしい。梨本は目に輝きがあった。
けれど、面接官は梨本の履歴書に眉を潜めている。
「君、前科あるんだね。何をしたの?」
「あ、えっとその……。覚醒剤です」
「えー。そんなことしたの?よく元気だね?どうやって社会に復帰したの?」
面接官は興味津々に聞く。恐らく面接官は採用する気がなく、興味本位と後で人に話すために聞いているのだろう。
嫌な感じだ。
「えーっと。それはバイトに関係なくないですか?それに僕はもう覚醒剤やっていないです」
「でもねぇ。一度やらかした人はね。更正できるとは思えないよ」
面接官は梨本を嫌な感じで見る。梨本は口を噛み締めた。
「……僕はもうそんなことしません」
「どうだか。うちでは覚醒剤やったような前科者は雇いたくないんだよ。帰ってくれ」
「………」
梨本は履歴書を面接官から受け取り、店を出た。
私はそんな差別的な仕事に採用されなかったことを喜ぶべきだと思った。
【一度、失敗した人間】をこの社会は許さない。
改めて窮屈で、偏屈な社会だと思った。
梨本は店を出た後、公園に行く。人のいない公園で大声で鳴き、嗚咽をする梨本。
私は悲しい気分になった。思い出はそこで見えなくなった。
梨本は下を向いたままだった。私は梨本に話しかける。
「あの。一度、失敗してもやり直せますよ」
「………」
梨本はお前に何が解るのかと言うような目で私を見た。
「私はあなたを許します」
「……」
「鞄が返ってくればいいです。ただし、これっきり止めてください」
梨本は目を潤ませ、遂に嗚咽をし始めた。
「……っ。俺は」
「いいんです」
森本は私と梨本のやり取りを見て言う。
「おい、川本いいのか?」
「だってこの人、色々あったみたいだしさ。もう一度、やり直せるよ」
私は森本を見る。森本は私に呆れているようだが、納得したらしい。
森本は手錠を解錠した。
「もう、やるなよ」
「はい」
梨本は頭を下げて、帰って行った。
トパーズの憂鬱 (上) 5 了
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