トパーズの憂鬱 (上) 6


 梨本がいなくなった後、森本は私を再び見る。森本は私の行動から、【過去を見た】と気づいているように見えた。


「何か見たのか」

「うん。見たよ」


 森本はため息をつく。私は言う。


「だってさ、一度失敗した人を排除する社会ってどうなんだろうって思って」

「………。だからって犯罪していい理由にはならないけどな」

「だけど。その人はまた頑張れると思う」


 森本はただ私を見て黙る。その目は睨むわけではなく、暖かい視線だった。


「何で黙ってるの?」

「いや、そういうのがお前の弱点だなと」

「そうか。悪い点か」


 森本は小さく笑う。私は何が可笑しいのか解らなかった。


「それがお前の良さ……でもある」


 森本は小さく言った。


「褒めてるの?」

「さぁな。この時間にここにいるけど、店終わりか?」


 森本は腕時計を見る。


「終わりだよ。それほどお客さん居なかったしね」


 森本に会うのは、元彼女が来店して以来ぶりだ。私はそれを思い出し、気まずくなる。


「そうか。お疲れ。だったら、一緒に夕飯食べに行くか?」


 森本はぎこちなく言った。私は迷う。しかし、断る理由は特にない。


「いいよ」

「じゃ、行くぞ」

 

 森本は何処かしら嬉しそうに見えた。私は少し恥ずかしくなってきた。


 森本は元彼女の美川みかわ絢子あやことよりを戻したのだろうか。

 私は森本の隣を歩きながら、顔を見る。視線に気づいた森本が言う。


「どうした?」

「いや、美川さんどうしてるかなと」

「あー絢子か。今度、ハリウッド映画で台詞貰えたらしい」

「えー!」


 私は驚いて声をあげてしまった。森本が笑う。


「凄い驚いているなぁ。まあ、驚くか」


 森本は美川の活躍を嬉しそうにしている。私は少し複雑な気分になった。

 私は何を言えばいいか、解らなくなる。森本が私の顔を覗き込む。


「言っておくけど、絢子とは何もない。元彼女ってだけだ」

「え?」

「何か勘違いしてるかなと思って」


 森本は顔を反らした。私は少しだけ嬉しくなった。けれど、それを抑える。


「そう。知らなかった。でも、何で?」

「何でってそりゃあね」


 森本ははっきりと言わない。ただ笑っているようにも見えた。


「そうか。じゃあ、他に好きな人がいるんだね。私には関係ないけど」


 私は森本が好きだ。けれど、森本が他の人を好きならば関係ないのだ。無駄に苦しみたくない。


「関係なくないかもよ」


 森本は立ち止まる。私は森本の顔を見た。森本は私をじっと見返す。


「何?」

「まだ気付かないか。そうか。俺は川本が好きだけど」

「はい?」

 

 私は一瞬、耳を疑った。森本は私の右手を掴む。

 私は振り払おうとするが、がっしりと掴まれた。


「ちょっといきなり言われても」

「別に急いでいない。ただ言っただけだ」


 森本はいつになく真剣そのもので、普段の様子と違った。私は下を向く。


「川本が俺をどう思っているか、知りたい」

「どうって」

 

 私は益々、恥ずかしくなる。鼓動が煩く聞こえ、体が熱くなる気がした。


「俺の勘違いだったら、手を離す。そうじゃないなら」


 森本は私の手を引っ張った。それも強い力で、簡単に振りほどけなかった。

 私は森本の顔を見る。森本は私から目を離さない。


「私も森本が」


 遮るようにスマートフォンが鳴る。森本のスマホが鳴っていたようだ。


「ごめん。出る」


 森本は私の右手を掴んだまま、電話に出る。


「はい。森本です」


 真剣に話をしている、何か事件でもあったのだろうか。


「解りました。はい。今から向かいます」


 森本は私を見て、電話を切った。


「ごめん。行かないといけなくなった。またな」


 森本は名残惜しく私の手を離した。


「わかった」

「また返事を聞かせてくれ。じゃあ、また」


 森本はきびすを返し、行ってしまった。

 私は森本の後ろ姿を見つめた。居なくなった途端、さっきまでのことが恥ずかしくなってくる。

 両思いだったのか。私は今まで全く気付かなかった。



トパーズの憂鬱 (上) 6 了

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