トパーズの憂鬱 (上) 7


 森本が私を好きだった。それまでそんな素振りがあったのだろうか。

 その兆候があったかも謎のように思えた。

 森本は何時いつから私を好きだったのだろう。色々と混乱する中、私は家路を歩いた。


 家に帰ると、静けさが私を出迎えた。独り暮らしの一軒家は寂しい。

 両親が死んで8年が経過した今でも慣れない。

 私は玄関のドアを開け、電気を着ける。留守録に伝言がないか確認した。

 セールスの電話と、電気工事に関しての電話だった。


 川本宝飾店の県外A店舗を任せている春木はるきからの連絡があった。

 私は留守録を再生する。



【2018/11/12 16:38。一件の留守番電話を再生します】


【川本さん、お疲れ様です。何か川本さんの噂を聞きつけて、宝石の過去を見てほしいって人がいまして。それについて連絡ください。急ぎませんのでお待ちしています】


 過去を見てほしい。その人はどうして過去を見たいのだろう。今はそれを考える余裕がない。

 すぐには連絡せず、また余裕ができた時に連絡しようと思った。

 由利亜ゆりあから預かったトパーズのネックレスを鞄から出す。


 私は手を洗い、夕飯の支度を始めた。

 夕飯を食べ、私は少し休憩する。静かにぼんやりとしていた。


 お風呂に入り、パジャマに着替えた。由利亜から預かったトパーズのネックレスをケースから取り出す。


 私は意を決してトパーズのネックレスに触る。ゆっくりと思い出は見えてくる。



 文芽あやめ美砂子みさこにトパーズのネックレスを渡して数ヶ月が経過したころのようだ。

 美砂子はトパーズのネックレスを首に着けている。会社の事務をしていた。


「ねぇ、梶原さん。これ、お願いしたいのだけど」

「はい、解りました」


 美砂子は年上の女性社員から仕事を頼まれている。

 美砂子の名字は梶原かじはららしい。

 しかし、その女性社員は美砂子を嫌な目で見ていた。


「ちょっと澤地さわじさん、梶原さん1日で終わらないよう」


 他の男性社員が澤地に注意した。


「1日で終わらせろなんて言っていないよねぇ。梶原さん」


 澤地は梶原を睨むように言った。美砂子は少し怯えつつも、返事をする。


「え、あ。そうですね。言っていないです」

「そうよねぇ。じゃ、頑張って」


 お局の上司の澤地は、美砂子を敵視しているようだ。


 昼休憩になったのか、美砂子は弁当を持ち、会社の屋上に行くようだ。それを澤地は睨み付ける。美砂子はそれに気づかない。


 エレベーターに乗る。そのエレベーターには、先ほど、美砂子を助けてくれた男性社員も乗っていた。


「さっきはありがとう。遊作ゆうさく


 美砂子は男性社員に言った。男性社員の名前は遊作というらしい。名字は名札に【叶井かない】と書いてあった。


「いや、いいよ。彼女が嫌な目に遭ってたら助けるものだろう」

「ありがとう」


 どうやら、助けてくれた遊作は美砂子の恋人らしい。


「ところでそのネックレスいいね」

「でしょう?友達から貰ったの」

「へぇ。今度俺もプレゼントさせてよ」

「ありがとう!楽しみにしている」


 とても微笑ましい空気が流れてくる。私はもしかしたら、上司の澤地は遊作が好きだったのだろうかと思った。


 エレベーターは屋上に着く。美砂子と遊作はエレベーターを降りる。

 真っ先に屋上のベンチに向かう。

 二人は座ると、美砂子がお弁当を出す。手作り弁当だった。美砂子と遊作はとてもお似合いだった。

 この順調な二人にも何かが遭ったのだろうか。

 

 その場面は終わり、思い出は切り替わった。

 

 今度は美砂子と遊作がデートをしている場面だ。

 交際はとても上々で、私は何故か安心した。このまま二人は上手くいき、無事に由利亜が生まれる?のだろう。そうあってほしいと思った。


 美砂子と遊作が花園遊園地のベンチでソフトクリームを食べている。


 花園遊園地は市内で流行っている遊園地だ。創業は長く50年あまりだ。

 市内に住む人なら誰でも来たことのある場所でもある。

 ジェットコースターからメリーゴーランド、お化け屋敷などなど。一般的な遊園地と何ら変わりない。

 特色は四季折々の花である。季節の花が植えてあり、綺麗だった。


「なぁ。澤地さんからまだ嫌がらせされてる?」



 遊作が美砂子に聞く。


「うん。何かずっとかな」


 どうやら女上司の澤地からの職場いじめは続いているらしい。


「そうか。ごめんな」

「何で遊作が謝るの?」

「あ、いや、その」

 

 遊作は申し訳なさそうな表情を浮かべる。私は遊作と澤地が付き合っていたんじゃないかと思った。その予測は当たる。


「ごめん。本当にごめん」


遊作は頭を下げる。


「ちょっと何?まさか」

「実は俺、美砂子と付き合う前、澤地と付き合っていた」


 美砂子は目を泳がせる。動揺が見てとれた。


トパーズの憂鬱 (上) 7 了

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