琥珀の慟哭(下) 10 (40)



「あの。宮野さんは何でそんなに無表情なのですか?」

「無表情……?そんなに無表情か」


宮野にはその自覚がないようだ。

宮野は無表情のまま、南田を見る。


「すごい無表情……ですよ」

「そうか。だとしたら、妹が殺されたからだ」

「妹?」


宮野は過去を邂逅するようだった。

南田は宮野に表情が宿っていくように見えた。


「俺には再婚で兄妹になった。ま、正確には腹違いの妹がいた」


宮野の言葉を南田はしっかりと聞く。

南田は先ほど見えた思い出の、沙羅という娘のことかと思った。


「その子が殺害されてから、宮野さんは無表情に?」

「……ああ。そうみたいだ。俺としては自覚がないのだが」


宮野は遠い目をしていた。

目の奥に何も写さない、水の底のように見えた。


「親友も失った」

「親友…」


宮野の目は揺れていた。

南田は宮野の顔を見る。


「あの。すいませんが、やっぱりこの差し入れ頂けません。伊藤さんに返して下さい。あと、宮野さんと伊藤さんに何があったか知りません。仲直りして下さい」


南田は宮野から渡された差し入れを返した。

宮野はきょとんとしていた。


「え?何で知って」

「いいから。とにかく伊藤さんに伝えて下さい。俺のことは放っておいてくれって」

「おい」


南田は宮野に背を向けた。

宮野は南田の肩を掴む。


「おい、ちょっと待てよ」

「宮野さん。俺は俺なりの考えがあります。それを伊藤さんに言って下さい」


南田は宮野を睨むように言った。

宮野はその目に怯んむ。


「わ、わかった」

「ありがとうございます」


宮野は南田の元を去っていった。

南田は伊藤が気にかけてくれたことが嬉しかった。

けれど、巻き込みたくないと強く思った。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


私は倉知の姿が見えなくなると、ため息をついた。

店の鍵を解錠し、留守番電話を確認した。

特に重要な留守録は無かった。

弥生からの連絡もないし、弁護士の古川からも無かった。


私は紙とペンを取り出すと、文章を書いた。

「都合により、一週間休みます」と書いた。

店のシャッターにその紙を貼り出す。


貼り終わると、私は店を施錠した。

店を後にし、家路を急ぐ。


私は家に着くと、手を洗う。

早速、思い出を見る準備を始める。

手袋をして、琥珀のブレスレットの入ってるケースを出す。

ケースからブレスレットを取り出し、宝石受けに置く。

私はブレスレットに触る。



ゆっくりと思い出は見えてきた。


華子がゆうとその妻の日名子ひなこが話をしている場面だった。


祐が怒っている。


「お母様。どうして、日名子を調べたりしたんです?あり得ないですよ」

「祐。それに日名子さん、それについては謝るわ。ごめんなさいね。あと、これを見てくれる?」


華子は以前、猪瀬いのせるいと名乗る人物からの日名子への怪文を見せた。


内容は次の通りだ。

【柿澤様。突然のお手紙を送る不躾をご許しください。私は柿澤祐様の奥様、柿澤かきざわ日名子ひなこ様の知り合いの猪瀬塁いのせるいです。


日名子様について、折り入ってお話がございます。日名子様は祐様の奥様に相応しくない。着きまして明日の午後、13時に渋谷のハチ公前までお待ちしております。ご都合が着かないようでしたら、下記までご連絡ください。Tel 080-××××-○○○○】



祐は顔を歪ませた。

日名子は心当たりがあるのか、複雑な表情を浮かべる。


「日名子がそんなことするわけない。そうだろう?日名子」

「……ごめんなさい。ごめんなさい。私は昔、荒れていました。猪瀬塁はかつて交際していた人です。私はその人を騙しました」


華子は複雑な表情で日名子を見る。華子が言う。


「日名子さん。よく言ってくれました。私は日名子に罪を償ってほしいの。というのは、猪瀬さんとちゃんと向き合ってほしい」

「お母様……」


日名子は涙を流す。祐は大きなため息をつく。


「はぁ。全く君には失望だよ。離婚だ。柿澤家の恥だ」


祐は日名子を睨み付けた。

華子が祐の肩を掴む。


「ちょっと!祐!日名子さんは反省しているのよ?すぐ離婚って」

「お母様は甘過ぎますよ。一度、犯罪を犯した人間が更正出来ると思います?」


祐は楠田のことを言いたげだった。

恐らくは楠田が三沢を殴ったことも知っているのだろう。

華子は唇を噛む。日名子が言う。


「祐さん。確かに私の過去は誉められたものじゃありません。けれど、今はそれを反省して過ごしてきました。だから離婚なんて」

「君は僕を騙した。君は僕と結婚する前に言ったよね?真っ当に生きてきたみたいにさ。君とは離婚だよ」


祐は席を立ち、部屋から出ようとする。

日名子は祐の手を掴む。


「待って」

「触るなよ犯罪者」


祐は拒絶の顔を日名子に向けると、さっさと出ていった。

日名子は言葉を失い、涙を流す。華子は日名子を抱き締める。


「ごめんなさいね。私のせいね」

「いいえ、お母様のせいではありません」

「祐は世間体を気にするから。私からも説得する」


華子は日名子の背中を優しく撫でた。

日名子は嗚咽しながら言う。


「も……う。いいんで…す……私は。祐さんのことは……愛していました」


祐の表情は、先日、私のところに来た時と同じように見えた。

自分の信念があり、曲げたくない。

そんな強さがある。華子は祐の我の強さを理解しているようにも見えた。


「でもね。日名子さん。祐が言われたことを気にしなくていいよ。やり直すことは絶対できるはず」


華子の言葉は自身にも言い聞かせているようにも思えた。

過ちを犯した人でも、やり直せる。

楠田のことを思っているのだろう。


楠田は何故、三沢を殴ったのか。

その原因が解ったとき、楠田自身のことが本当に解るのかもしれない。


琥珀の慟哭(下)10 了

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