琥珀の慟哭(下) 10 (40)
「あの。宮野さんは何でそんなに無表情なのですか?」
「無表情……?そんなに無表情か」
宮野にはその自覚がないようだ。
宮野は無表情のまま、南田を見る。
「すごい無表情……ですよ」
「そうか。だとしたら、妹が殺されたからだ」
「妹?」
宮野は過去を邂逅するようだった。
南田は宮野に表情が宿っていくように見えた。
「俺には再婚で兄妹になった。ま、正確には腹違いの妹がいた」
宮野の言葉を南田はしっかりと聞く。
南田は先ほど見えた思い出の、沙羅という娘のことかと思った。
「その子が殺害されてから、宮野さんは無表情に?」
「……ああ。そうみたいだ。俺としては自覚がないのだが」
宮野は遠い目をしていた。
目の奥に何も写さない、水の底のように見えた。
「親友も失った」
「親友…」
宮野の目は揺れていた。
南田は宮野の顔を見る。
「あの。すいませんが、やっぱりこの差し入れ頂けません。伊藤さんに返して下さい。あと、宮野さんと伊藤さんに何があったか知りません。仲直りして下さい」
南田は宮野から渡された差し入れを返した。
宮野はきょとんとしていた。
「え?何で知って」
「いいから。とにかく伊藤さんに伝えて下さい。俺のことは放っておいてくれって」
「おい」
南田は宮野に背を向けた。
宮野は南田の肩を掴む。
「おい、ちょっと待てよ」
「宮野さん。俺は俺なりの考えがあります。それを伊藤さんに言って下さい」
南田は宮野を睨むように言った。
宮野はその目に怯んむ。
「わ、わかった」
「ありがとうございます」
宮野は南田の元を去っていった。
南田は伊藤が気にかけてくれたことが嬉しかった。
けれど、巻き込みたくないと強く思った。
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私は倉知の姿が見えなくなると、ため息をついた。
店の鍵を解錠し、留守番電話を確認した。
特に重要な留守録は無かった。
弥生からの連絡もないし、弁護士の古川からも無かった。
私は紙とペンを取り出すと、文章を書いた。
「都合により、一週間休みます」と書いた。
店のシャッターにその紙を貼り出す。
貼り終わると、私は店を施錠した。
店を後にし、家路を急ぐ。
私は家に着くと、手を洗う。
早速、思い出を見る準備を始める。
手袋をして、琥珀のブレスレットの入ってるケースを出す。
ケースからブレスレットを取り出し、宝石受けに置く。
私はブレスレットに触る。
ゆっくりと思い出は見えてきた。
華子が
祐が怒っている。
「お母様。どうして、日名子を調べたりしたんです?あり得ないですよ」
「祐。それに日名子さん、それについては謝るわ。ごめんなさいね。あと、これを見てくれる?」
華子は以前、
内容は次の通りだ。
【柿澤様。突然のお手紙を送る不躾をご許しください。私は柿澤祐様の奥様、
日名子様について、折り入ってお話がございます。日名子様は祐様の奥様に相応しくない。着きまして明日の午後、13時に渋谷のハチ公前までお待ちしております。ご都合が着かないようでしたら、下記までご連絡ください。Tel 080-××××-○○○○】
祐は顔を歪ませた。
日名子は心当たりがあるのか、複雑な表情を浮かべる。
「日名子がそんなことするわけない。そうだろう?日名子」
「……ごめんなさい。ごめんなさい。私は昔、荒れていました。猪瀬塁はかつて交際していた人です。私はその人を騙しました」
華子は複雑な表情で日名子を見る。華子が言う。
「日名子さん。よく言ってくれました。私は日名子に罪を償ってほしいの。というのは、猪瀬さんとちゃんと向き合ってほしい」
「お母様……」
日名子は涙を流す。祐は大きなため息をつく。
「はぁ。全く君には失望だよ。離婚だ。柿澤家の恥だ」
祐は日名子を睨み付けた。
華子が祐の肩を掴む。
「ちょっと!祐!日名子さんは反省しているのよ?すぐ離婚って」
「お母様は甘過ぎますよ。一度、犯罪を犯した人間が更正出来ると思います?」
祐は楠田のことを言いたげだった。
恐らくは楠田が三沢を殴ったことも知っているのだろう。
華子は唇を噛む。日名子が言う。
「祐さん。確かに私の過去は誉められたものじゃありません。けれど、今はそれを反省して過ごしてきました。だから離婚なんて」
「君は僕を騙した。君は僕と結婚する前に言ったよね?真っ当に生きてきたみたいにさ。君とは離婚だよ」
祐は席を立ち、部屋から出ようとする。
日名子は祐の手を掴む。
「待って」
「触るなよ犯罪者」
祐は拒絶の顔を日名子に向けると、さっさと出ていった。
日名子は言葉を失い、涙を流す。華子は日名子を抱き締める。
「ごめんなさいね。私のせいね」
「いいえ、お母様のせいではありません」
「祐は世間体を気にするから。私からも説得する」
華子は日名子の背中を優しく撫でた。
日名子は嗚咽しながら言う。
「も……う。いいんで…す……私は。祐さんのことは……愛していました」
祐の表情は、先日、私のところに来た時と同じように見えた。
自分の信念があり、曲げたくない。
そんな強さがある。華子は祐の我の強さを理解しているようにも見えた。
「でもね。日名子さん。祐が言われたことを気にしなくていいよ。やり直すことは絶対できるはず」
華子の言葉は自身にも言い聞かせているようにも思えた。
過ちを犯した人でも、やり直せる。
楠田のことを思っているのだろう。
楠田は何故、三沢を殴ったのか。
その原因が解ったとき、楠田自身のことが本当に解るのかもしれない。
琥珀の慟哭(下)10 了
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