タンザナイトの夕暮れ時(中) 12(23)

藤川ふじかわりょうが店に来たのが12月04日で、その日の業務後、私が思い出を見ている途中で意識がなくなった。

明けた12月05日に正午近くになっていて、森本の電話で目を覚ました。

だからそれほど時間は経過していない。私は胸をなでおろした。

能力を使うと体力消費量は半端ない。

更に謎の声が言う「思い出が消える」。一体、私は何の記憶をなくしたのだろうか。

午前5時半ごろの外は真っ暗だ。記憶を失くす恐怖は私を身震みぶるいするだけある。

私は深呼吸をして白い手袋を嵌め直し、タンザナイトのネックレスを触った。

再び思い出がゆっくりと見えてくる。その思い出は井川の母親が激しく、井川を叱責しているものだった。

「言ったでしょう。ダメだと」

「何で?」

「何でもよ。藤川諒さんは良い青年だと思うけどダメよ。とにかくダメ」

「は?何ソレ。説明になっていないよ」

母親は井川と諒の結婚を反対している。

私は諒と井川の結婚を阻んだのは母親という事実に少しだけ驚いた。

どう考えても父親が反対してくるように思える。母親が反対する理由は一体なんだろうか。

「とにかく。藤川さんとの結婚はだめ」

「意味わからないよ。説明してよ」

「解った。説明するから。夕飯後に説明する」

母親は苦しそうな表情を浮かべる。私はあまり良くない考えが頭を過ぎった。

それは井川の出生しゅっせいに関することに思えてきた。私は井川が必死で諒に結婚できない理由を拒んだことにも関係しているようにも見える。

私はその次を見るのが恐い。けれど、思い出の前ではそれは通用しない。私は見えるまま、それを受け入れるしかなかった。


*************************


井川が諒と結婚できない理由を知った。

あるがままにあった事実を私は伝えなければならない。改めて重苦しくも思えた。

結局思い出を見終わったのは明け方だった。

私は極限にまでお腹が空き、冷蔵庫のチーズやハムを食べた。

頬張っているうちにだんだんと、頭が冷静になっていく。見た後の衝撃はキツイが慣れてしまえば楽だ。

これまで見てきた辛いものに比べれば幾分かマシ。そう思えるのは自分自身が捨て身になってきているからだろう。

何となくだが私は長生きしないとそれだけは確信している。

冷静になってくると色々な音が正確に聞こえ、電話の音がいつもより大きく感じた。

私は電話に出ず、そのまま留守電話が反応するのを待つ。

【ただいま、留守にしております。発信音の後にメッセージをどうぞ】

発信音の後に食い入るように声が聞こえてくる。

【あの、川本さん。藤川です。今日、来てもいいですか?というか、今日は営業しますか?12月04日に行って以来、休業しているみたいで。失礼しました】

諒からの電話だ。丁度良いタイミングに思えて私はにやりとした。

井川が諒との結婚を拒んだ原因を知った後に諒からの電話。神様の思し召しのようにも思えてくる。

この思い出の続きを完結させるための布石せきふにも思えた。

休業していることで他の人も心配しているかもしれない。

私は慌てて留守番電話を取る。どうやら諒は電話を切っていなかったらしい。

【え?川本さん?】

「はい。川本です。本日は営業しますので、大丈夫です。あと、お約束の井川様の件もお話できると思います。何時ころ来ていただけますか?」

【良かったぁ。あ。じゃあ、お昼の13時ころにお伺いします】

電話を終えると私は朝の支度を始めた。諒にそれが地獄と感じるか、私には解らない。ただ私はこれで思い出を見続けることを止めようと思った。


タンザナイトの夕暮れ時(中) 12(23) 了

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